飃の啼く…最終章(後編)-5
「誰だ?」
飃が問うと、その影は言った。
「さびしーぜぇ…俺の名前を覚えていねエなんざ。飃さんよぉ…」
ゆっくりとこちらに近づいてくるにつれ、その顔が見えてきた。嬉しそうに目を細める青白い顔。眼窩は落ち窪み、頬はこけ、濃厚な陰がそこにさしてまるで骸骨のようだ。顱(どくろ)。それがこの澱みの名だ。握った手が汗ばむ。それを感じたのか、害がギュッと、さくらの肩を掴んだ。
「てぇことは、やっぱりあの話はうそかよぉ…雑魚共には丁度良い目くらましになったようだがな?良〜いご身分だぜ。お二人さんよ!」
芝居がかった様子で、顱は言った。飃は黒い外套を脱ぎ捨て、静かな声で言った。
「…黙ってそこを通す気がないのなら、さっさとかかって来い」
軽くあしらわれたことに腹を立てたのか、顱は声を荒げた。
「けっ!気の短ぇ野郎だ!俺の話を最後まで聞きやがれ!殺す前に聞いときてえことがあんだ…。害を見なかったかどうか、な」
さくらの背中で、害は幽かに体を震わせた。
「ん?」
さくらは一歩後ずさったが、もう遅かった。顱の目は、さくらの背中に負われている害を捕らえていた。
「おいおいおい……聞くまでもねえじゃねえかよ…親父の言いつけを破って脱走したと思ったら…狗どもにあっさり捕まえられたってわけか!」
これだから実験体は、と顱は吐き捨てるように言った。
「まぁいいや、親父がお前に用があるんだと。来い」
害は答えなかった。
「おい!お前ならそんな女一匹殺すのなんざ訳はねえだろ…来い!」
害は、首をふった。
「なにぃ…?」
彼は、さくらの背中から下りると、きっぱりとした声で言った。
「僕は捕まえられたんじゃない。自分の意思でこの二人に同行しているんだ…父上には悪いが、この二人は僕が本陣まで連れて行く」
害は、そういいながらゆっくりと顱に向って歩いた。さくらはその背中を見つめながら、不意に、彼に澱みの力が戻ってきたように感じた。いや、澱みの力と言うよりは、純粋に、力と呼ぶべきなのか…どす黒い邪悪な影は、彼の回りには見えなかった。
「血迷いやがったのかよ。出来損ない」
「僕の獲物だ。僕が父上のところまで連れて行く…それだけだ」
顱は激昂した。