飃の啼く…最終章(後編)-4
「きりがありませんね」
南風が、百足(むかで)の頭の上で、空中を掠め飛ぶ翼手を持った澱みを落とした。
「百足よ!もう少し海の近くへ!」
百足はきしむような声で鳴くと、南風を乗せたまま、澱みを蹴散らして海へ向った。彼らの通った後に出来た道も、すぐに戦士と澱みたちがなだれ込んできて消えてしまった。
ウラニシは、眉をひそめて傍らの塔を見上げた。距離にして100メートルにも満たない距離にあるというのに、その距離を埋め尽くす黒い群れは尽きることが無い。
「決定打なくしては、あそこまでたどり着くことさえ出来んだろうよ…!」
御祭が、傍に居た鵺(ぬえ)の背中にしがみ付いた澱みを切り払った。鵺は甲高く鳴き、身を震わせると再び澱みの黒い群れの中に突っ込んでいった。
「決定打、か…!」
彼らの背後からは、颱と颶の二人が、援護の雷を放っている。しかし、その雷も結界に届く前に、澱みの作る垣に阻まれてしまう。
「飛頭蛮(ろくろくび)!空はどうだ!」
風巻が、先ほどから首を伸ばして空の様子を伺っていた飛頭蛮に呼びかけた。
「変化、ありません!」
風巻は舌打ちした。御祭が、苛立つ彼に、精一杯陽気な声で言った。
「大丈夫だぜ、駄目でもともとの作戦なんだからよ!」
風巻は、自分に飛び掛ってきた澱みの腹を突き刺して放ると、彼がこの戦いのあいだ中ずっと言い続けてきた言葉を再び口にした。
「若を信じてくれ、御祭!若も我々を信じている。だからこそ…!」
御祭は、晴れ晴れしく笑った。
「あったりめぇよ!ワシらを信じてねエで、あんな作戦がたつもんかい!」
その時、飛首蛮が声をあげた。
「見えました!遠くのほうで…ゆっくりとだが、確かに…!」
その言葉が戦士たちの間に広がるにつれ、どよめきが沸き起こった。軍勢は、海の神に息を吹き込まれた波のように勢いを取り戻し、澱みに押し寄せた。
「雲が動いたぞ!」
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ほとんど暗闇といってもいいような視界。その闇にまぎれて、だんだんと近づく喧騒に耳を澄ませながら、さくらと飃、そしてゆうは移動していた。
道路の端の壁だけが、闇と道の境界線になっていた。潮騒と、潮の匂いがあたりに立ち込めていたが、時折雲を鈍く光らせる雷光も、海の水面を照らすことは出来なかった。さくらは背中にゆうを背負って、先頭を行く飃の背中を追いかけて進む。しかし、その時急に飃が立ち止まった。緊張が走る。
飃の背中の脇から前を覗くと、さくらの目に、大きな人影が映った。飃はさくらを庇うように手を広げて、雨垂を構えた。