飃の啼く…最終章(後編)-35
「愚かな小娘が! 貴様は最後まで愚かだ!澱みを助けて くたばるだと! はは ははは はははは!」
飃は、その笑い声に体中の毛が逆立つのを感じた。
彼の未来から、八条さくらを奪った、全てのものが憎かった。黷も、ゆうも、この戦い全ても……自分自身さえも。
飃は立ち上がり、血まみれの手を握り締めた。
―殺してやる
―殺してやる!
―殺してやる!!
「殺してやる!!!」
前髪を束ねていた、ガラス球の封環が砕けて、飛び散った。
爆発的な勢いで体中に力が漲る。そして、抑え切れない憎しみと、血に対する渇望が湧き上がってきた。
黷の耳障りなわめき声が、すぐ耳元で聞こえるような、深い水底から聞こえてくるような奇妙な感覚がする。
―血迷ったか、犬よ!
瞬く間に、飃の体は暗雲に覆われたように黒く変色し、髪は逆巻き、目は狂気と憎悪を称えて光った。爪は切り裂くものを求めて伸び、牙は噛み砕くものを求めて鋭く尖った。
そして、すべてを怯えさせるあなじの叫びが、戦場に響き渡った。
「何処までも 吾を楽しませてくれようというのだな !!」
黷は嬉しげに声を上げ、飛び掛ってこようと身構えるあなじを見据えた。
「来い!!」
その時、バリバリという音が、何もない空間から聞こえたと思うと、空間がひび割れ、その亀裂のなかから、時空を渡ってやってきた覚義が、這い出してきた。
「貴方は…」
ゆうの驚きをよそに、覚義は肩を抑えながら飃に怒鳴った。
「おい飃とやら!」
振り向いた飃は、全てのものに向けられた憎悪に歪んだ目で彼を見た。覚義は毒づいて、彼の顔を殴った。
「しっかりせんか!お前の女房は、お前を化け物にするために死ぬんじゃない!」
「そうとも 完 璧 な 無 駄 死 に だ !!」
黷は、突然の来訪者にも動じずに甲高い声で哂い、あなじの怒りに火をつけた。うなり声を上げる彼を見て、覚義は彼の髪を引っ掴んで彼の顔を自分の顔に近づけた。
「落ち着いて話を聞け!わたしは今からさくらの感情の全てを取り込み、増幅してこいつにぶつける」
その時、あなじは覚義が片腕を失っていることに気がついた。それだけではない、無理な空間越えをしたせいで体中がボロボロだった。