飃の啼く…最終章(後編)-32
―仲間がいる。そうだ。仲間がいるんだ。
そしてさくらは、害を助けた。今、地上から聞こえる戦士たちの歓声が、落ちていった彼らが助かったことを教えていた。
―思ったとおり、黷は激昂した。
「 何 故 だ ! ! 」
怒りの咆哮が響き渡るや、黷の体は人間の姿を捨てた。四つの足には地面を掴むほどに力が漲り、鋭い牙の並んだ口元は怒りに歪んでいた。耳は後ろに倒れ、目はどす黒く光って、その目に見つめられたものはすべて、黒い霧となって消えうせてしまいそうなほどだった。その、大きな姿は……狼以外の、何物にも見えない。
「おまえ……」
その姿を、驚きの目で見つめるさくらの腕の中で、声をあげたのは害でも、ゆうでもなかった。
「黷…我々はもう、この世を去りましょう」
「え…?」
さくらは、思わず腕を開いてその者の姿をまじまじと見た。
「あなた…ゆう…じゃない…?」
彼女は、穏やかな微笑を称えてさくらを見上げた。
「お久しぶりですね、八条さくら…」
「な…無…!?」
彼は頷いた。
「彼は、今回の勝利を見せ付けるために、私の体の一部を害という名の澱みの体の中に閉じ込めたのです…彼の本能に訴えかけるのには苦労しましたが、元々私の一部を基にして造られた澱みですから…あとはあなたのご存知の通り」
そして、目を丸くするさくらをよそに、黷の元へ近づくと、黷に話しかけた。
「さあ、もういいでしょう、黷。彼女の言うとおり、私達はこの世界に留まるべきではないのです…」
その声は、無のものの様でもあり、また、害の声にも似ていた。害と無は、自分の思考が互いに溶け合って、一体化しようとしていることに気がついていた。
「ほら…もう父上の軍勢も全滅しかけています…人間達の魂を開放して、私と一緒に常夜へ行こう…」
“ゆう”はそう言って、黷に手を差し伸べた。彼の顔を激しくゆがませる怒りは、ゆうの声をも撥ね退けた。
「 嫌 だ ! ! 」
黷の悲痛な叫びと共に、
「 滅びろ! 貴様も!人間も 神も!!」
体中から、数え切れないほど沢山の触手が飛び出した。
「 総て 滅びてしまえ!!」
「危な――!!」
さくらの体は、彼女が望んだように動いた。そして彼女が、望んだ以上の速さで。
不意に、世界のすべてが彼女を中心に正しい場所に収まったような、心地のよい感覚がした。
彼女は微笑んだ。
ゆうは、目の前の少女を見上げた。
彼女は“盾”となって、黷の攻撃を体で食い止めたのだ。右腹を貫いた黷の触手を、両手で掴んで。