飃の啼く…最終章(後編)-3
「カジマヤ!」
その声に振り向いたカジマヤは、すぐ後ろに迫っていた澱みと顔を付き合わせた。こちらは今から構えに入ろうというのに、向こうは既に、草刈鎌のような手を振り上げていた。
「くそっ!」
とび退ろうとする彼の足を、別の澱みが絡めとる。彼はしりもちをつき、思わず目を閉じて自分に振り下ろされる鎌の音に身をすくませた。
それなのに、一瞬経っても、二瞬経っても、痛みはおろか衝撃すら感じない。恐る恐る目を開けると、塵になって消え行く澱みと、その向こうに立つ神立の姿が見えた。
「神立…!」
「カジマヤ!良かった!」
二人は駆け寄って抱擁の変わりにハイタッチをした。神立の周りでは、沢山の鎌鼬が敵と戦っている。
「良かった!じゃあ、夕雷も無事なんだな!」
しかし、神立の目は曇った。
「夕雷は…僕を助けるために…」
「…そうか…」
それだけで十分だった。カジマヤは、あの偏屈な小さい頑固親父が、どれだけ神立を大事に思っているか知っていたから。それは勇猛な最後だったのだろう。
「それじゃあ、いい最後だったんだな」
神立は驚いたように目を開いた。そして、力強いカジマヤの眼差しに、自信を持って頷き返した。
不意に、頭上に影が落ちる。
「くるぞ!」
再び押し寄せようとする澱みの大群に、二人は武器を構えた。
澱みは、塔の頂上から、彼らの戦っている地上めがけて落ちてくる。しかし、たった今、塔の屋上から飛び出した黒い塊のように見えるそれは、空中で離散し、彼らのいる場所にはやってこなかった。それは、ビルの裏手からのびる、高架道路のほうへ飛んでいった。構えていた武器を少し下げ、二人は訝しげにその影の向う方向を見やった。
「何でこっちに来ないんだ…?」
「カジマヤ!来るよ!」
深く考える間もなく、カジマヤたちのところに別の方向から新手が押し寄せてきた。
混乱の坩堝(るつぼ)をさらにかき混ぜたような混乱の中、思考は本能に、言葉は咆哮に取って代わった。
「にしても…!」
ウラニシが、両手に持った刀で目の前の澱みを捌(さば)いた。バツの字に切られ、4つの塊と化した澱みが、ぐしゃっと言う音と共に崩れて、ぐすぐずとその場で塵に変わってゆく。