飃の啼く…最終章(後編)-24
「見ても見なくても同じことだ…私に出来ることなど、はじめから無い」
「しかし…」
照善は知っていた。あの、無とか言う澱みを青嵐会の容赦ない研究者達の手から助け出すようにさくらに頼んだのは他でもない覚義だったことを。その事を言う前に、覚義は立ち上がった。
「私は、青嵐会にお情けで助けてもらったに過ぎない、ただの年老いた山猿だよ…それ以上ではないし、それ以上のことも出来ない」
坊主は言った。
「お前が山猿だということはとっくに知っとるわい。それ以上であることなぞ、誰が期待するものか」
それを彼なりの慰めとわかってしまった覚義は、片手を挙げて彼の元から歩み去った。
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その部屋に立ち込める香のにおいも、強烈な死臭を隠すことは出来なかった。
獄はそこに居た。そこに居たが、以前のような鼻につくほどの高慢な態度も、威厳も残っては居なかった。
殺風景な部屋は冷たい蛍光灯の灯りに照らされて、家具といえば部屋の中央にぽつりと置かれた肘掛け椅子と、その傍らに置かれた小さな香炉だけだった。普段はここで会議や催し物も出来そうなほどの部屋の広さが、獄に用意されたものの如何に少ないかを逆に強調していた。
「…来たか」
彼はそういい、大儀そうに豪奢な肘掛け椅子から立ち上がった。
「ごらんのとおり…戦うには困らない広さだ」
生気の無い顔は蛍光灯の光と、白いスーツのせいで余計に白く見える。この男は、もう死人も同然だった。飃は何も言わずに雨垂を構えた。
獄はいがらっぽいため息をついて、再びイスに座り込んだ。体は傾き、椅子に沈み込んでいるといってもいいほどだ。飃を見る目には妄執が宿っていたが、そこにだけ、死にとり憑かれたものの恐るべき執念の力が見て取れた。
飃は雨垂を手にしたまま、ゆっくり彼の座る椅子に近づいていった。
「衰えたな」
彼は簡潔に言った。獄は自嘲気味に嗤い、顔にかかる髪を大儀そうにかきあげた。
「お前は…相変わらず…」
「もう、死にたいのだろう。獄」
飃が言った。遮られた言葉を接ぐことも無く、獄は沈黙した。
「ああ」
ようやく、彼は口にした。