飃の啼く…最終章(後編)-16
「う、わ、見ろよ…」
真田が声をあげた。
「すげえ…」
雲が晴れる。あれだけ分厚く空を覆って、片時も晴れることのなかった雲が。
そしてそこには、雷を纏った、巨大な龍が居た。
地上からは一層大きな歓声が起こった。まるで、空気が電気を帯びたように、不思議な感覚が彼らを包む。よごれた空気を、血の匂いを洗い流す清風が吹き渡り、戦士たちの瞳の輝きはいや増した。
「あれが…龍、か…」
その身体は美しく、金色の輝きを帯びているようにも見える。鱗の一枚、鬣(たてがみ) の一筋の隅々まで、力が満ちているようだ。
真田は、その光景を残す術がないことを心から口惜しく思った。泳ぐのにも似た優雅な動きで、龍はゆっくりと、本陣に近づいてくる。
「だめ…!」
茜は言った。
「こっちに来ちゃ駄目…!」
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黷は笑っていた。
確かに、龍がここまでやってこられるとは思わなかった。空を覆っている暗雲は、龍を近づけないためのものであったから。高慢で地上のことにめったに興味を持たない龍のこと、それだけで十分な防壁になると思ったのは、甘かったといわざるを得ないだろう。
しかし、この期に及んで黷は何の痛痒も感じては居なかった。むしろ、強大な敵を完膚なきまでに破壊する術を持っている彼は、到着を喜びさえした。
彼は、ビルの屋上で、湧き上がる力を感じた。彼の中にある魂から膨大なエネルギー吸い取り、龍に向けて掲げた右手に集中させる。鼓動と戦慄が一緒になったような快感を覚えつつ、黷は結界を開いた。
木の根のような結界が、黷の立っているところを中心にゆっくりと開く。結界には、籠の網目を押し広げたように、ぽっかりと穴が開いた。
そして、戦士たちは見たのだ。屋上に光って渦を捲く、ものすごいエネルギーが、今到着したばかりの龍を狙っているのを。人ならざる力を持つ、全てのものがその威力を感じた。理屈ではなく、彼らに備わった森羅万象の一部たる本能が、あれは危険だと叫んだのである。たとえ龍でも、あの一撃を受ければ滅びると。
「逃げろ…!」
誰もが心の中で叫んだ。
龍は、激甚なるエネルギーの矛先が自分に向いていることを察して空中でもんどりうった。しかし逃げるには遅すぎる。閃光は放たれ、真っ直ぐ龍に向って伸びた。
その熱が、地上で戦いを続ける戦士たちの下まで届く。敵意に満ちた凶暴な熱は空気をも焦がした。
龍の頭を光が飲み込んだ。
すべての音が、時間が止まったような恐ろしい感覚が戦士たちを襲った。