飃の啼く…最終章(中篇)-7
―“秘密の任務を遂行中”って…そんな嘘にはガキでもひっかからな…
「秘密の任務?」
―ひっかかった。
真田はなるべく驚かないように驚いた。そういえばこいつは、この話術で新入生を50人もUMAサークルに引っ張ってきた男だ。その3分の2が退部し、更に残った半数は幽霊部員になってしまったが。真田も自信たっぷりに言い添えた。
「ああ。このことは狗族も知らない。もちろん他の妖怪もだ。だがその二人に危害を加えるなら、俺たちはこの場で舌を噛み切って死ぬ!」
少年は明らかに迷っている。真剣に考え込んで、考え込んで、喉を締め付けられて苦しそうに息をする二人の狗族と、自信に満ちた挑戦的な表情で彼を見下ろす人間を見比べた。どちらの玩具で遊ぶのが楽しいと思う?真田は思った。おれ達だろ?おれ達だよな?
少年は、永遠とも思えるような時間考えてから、やっと言った。
「よし。いいだろう」
そして野分と小夜の首を締め付けていた尾と手を緩めると、真田と河野を拘束している澱みに短く「行くぞ」と言いつけてトイレの窓に向った。窓際までは二人の狗族を引きずっていたが、手下の二体がそれぞれパラグライダーのような翼に変形すると、それにつかまった。真田と河野が、狗族の二人が無事に戒めを解かれたところを見た時には、もう彼らは夜の空を滑空していた。
二人は少年に見えないところで、お互いの目を見て瞬きした。戯れに覚えた、モールス信号がこんなところで役に立つとは。そう思ったのは二人とも一緒だった。
―死なないぞ。力不足だったせいでおれたちが死んだんだと、あの二人に思わせるな。
真田は頷いて、目で話した。
―話を合わせよう…東京湾に巨大イカがいるって奴はどうだ?
―よし!あれを海の神様に仕立て上げて、おれたちはそいつを起こしに行く途中ってことにしよう。
―どうせなら、もう起こしたことに。
―了解。
「く…っ」
自分の頭上の翼の上で、そんな無言の会話がなされているとは露知らず、害は急に襲ってきた激しい痛みに必死に耐えていた。
さっき、外に出られた喜びで、思わず思い切り澱みの力を使ってしまったのが仇となったのかもしれない。
このままでは、父に見つかってまた塔の中に閉じ込められる…。おまけに、兄弟や他の澱みからはまた出来損ないと揶揄されるは目になる。彼は少し休めば大丈夫になるだろうと、しばらくどこかのビルで身を隠すことに決めた。
「おい。僕はあのビルに用事がある。お前達は先に行って、その人間達を父上にお渡ししろ。どうやら凄い秘密を持っているらしいからな」
キイ、という軋むような鳴き声で答えた澱みは、害をビルの屋上に下ろして、海の向こうの塔へ飛んでいった。
しかし、害の体調はいつまでたってもよくならない。それどころか、このビルに降りてから痛みは一層増し、自分の体の中から力という力が抜けていった。