飃の啼く…最終章(中篇)-6
「どんな気分なんだ?狗族の女…圧倒的な力を前にして、それでも戦うしかない状況におかれて?」
「うるせえ!」
野分は地面を蹴った。その動きも、真田たちには追えなかったが、子供はいとも簡単に上半身を傾けて飛んできたものをかわした。
真田に見えたのは、子供の体を狙ったものの、かわされて斜め後ろの床に刺さった野分の刀。一瞬にも満たないような時間差をおいて、刀の飛んできた真逆の方向、子供の背後から野分が飛び掛った。
―取った!
しかし野分は、首に噛み付いた何者かに動きを止められ、つるし上げられた。それは…子供の腰から伸びる、尾のようなもの。
「かすりもしないね、狗族」
「く、そ!」
「野分!」
体勢を立て直した小夜が正面から飛び掛るも、にゅっと伸びた子供の腕に首をつかまれて、宙に吊るされた。
―圧倒的だ…
あの子供は、その場を一歩も動いてないんだぞ…なのに…。
人に似せた姿をしていたものの、化けの皮がはがれたように、野分を捕らえる尻尾と、小夜を捉える腕の形は化け物じみた鱗と黒い物質で覆われていた。
「力の差はわかったかい?僕に牙をむいたことを後悔しながら死ぬ準備は出来たか?」
真田は河野のほうを見た。河野は真田のほうを見ていた。そして、小さく頷いた。
「おい!」
少年は、楽しみを奪われた不機嫌な顔で振り向いた。
「なんだよ、人間」
「その二人に手を出すな…そいつらが死んだら、俺たちも舌を噛んで死ぬ!」
「ふうん。死ねば?」
凍るような目に射抜かれて、真田の舌は一瞬凍りそうになる。その間を、河野がフォローした。
「いいのか?おれたちが死んだら、せっかくの秘密の情報が水の泡だぜ」
少年が冷静に言う。
「そんなもの、ないくせに」
―バレてる!?
焦る真田をよそに、河野は舌に潤滑油でも注いだみたいに喋りまくった。
「なんで普通の人間が二人も、しかも護衛までつけてここに居るか分からないのか?俺たちは、おれ達にしか出来ない秘密の任務を遂行している最中なんだぞ」
河野は堂々と言い張り、真田は終わりを覚悟した。