飃の啼く…最終章(中篇)-5
「なんでそう言い切れるんだ?」
河野が隣で言った。真田は思った。
―馬鹿、下手なこと言うな。余計まずいことになるだろ!
「俺たちの希望は八条だけだと思うのか?他にも切り札があるとは思わないのか?」
―なんでそんなに自信ありげに、真っ赤な嘘をつけるんだ!?
滝のように流れる冷や汗を感じつつ子供を見ると、なんとまぁ、それは興味深そうに河野を見ていた。
「お前…何を知ってる?」
「ははは」
―言うに事欠いて“ははは”かよ!ごまかしてんのがバレバレじゃねえか!
しかし、その時ちょうど、向こうを襲った澱みを片付けた野分と小夜が駆け込んできた。
「てめえ!そいつらを放せ!」
二人とも武器を構えて今にも飛び掛らんという格好だ。それをただ見ていなくてはいけない立場を、真田は心から口惜しく思った。
害は、少しいい気分だった。自分が負けないことが判りきっていたから。おまけに、なにやら秘密とやらを持っているという人間を二人も捕まえた。
「僕と戦ってみるか?」
「二人を放さないならね…!」
「望むところだ!」
耳を後ろに倒して、二人の狗族の目はギラリと光っていた。
「いいだろう」
害は楽しそうに、天井に張り付く澱みに言った。
―おい!俺たちのためにそんな事までしなくて良いから、逃げろ!
真田にも河野にも、その言葉が言えなかった。一番口にしたい、一番かっこいい言葉だったのに。ただ、自分達を措いて逃げて欲しいという気持ちと、死にたくないという切実な恐怖がせめぎあって言葉が出なかった。
「手を出すなよ」
害は言い、羽織っていた黒いマントをぱさりと落とすと、小さな身体にどす黒い殺気を滲ませた。
野分と小夜が、武器を硬く握る。
小夜が身をかがめ、子供に飛び掛る。しかし一瞬後には、彼女はトイレの壁に叩きつけられていた。
「小夜!」
河野の囁きに近い悲鳴が聞こえた。野分には仲間の安否を気遣う余裕はなかったが、少なくとも、彼女の足を狙った初撃は交わした。重力を無視するように跳ね上がり天井に足を着いたかと思うと間合いを取って後退した。
一体何がおこったのか…武器を手にした二人の狗族が対峙していたのは、丸腰の―少なくともそう見える―子供だったはずではないか。なのに、その子供は余裕の笑みを浮かべ、何事もなかったかのようにもとの場所に立って一歩も動いていない。