飃の啼く…最終章(中篇)-27
「好きに取ればいい。お前達が首級を失うことになったとしても、それを取るのは僕じゃない。僕を信用しなければ、他の澱みどもに取られるだけだからな」
両者は激しくにらみ合った。その間でわたわたと焦るさくらが言う。
「もう!落ち着いてよ!どっちにしてもあの道を通るほかは無いんだから、ここで言い争っても意味無いでしょ?」
そういう自分は、まだ鎧の下の着物の襟を正すのに苦戦している。飃はようやく害から視線を外し、さくらを手伝った。
「お前がどうして澱みを本気で信用できるのか不思議で仕方が無い」
飃は憮然として言った。
「飃だって…無のことは忘れてないでしょ…」
「あれは起源が違うとお前が言ったのだろう。黷と、奴の配下には無のような良心は無い!」
そういうと、さくらは何故かふふふと笑った。
「…こんなときにまで誰彼疑いたくないんだもん…。それに…」
さくらは窓の外に再び目を向けた害と、窓ガラス越しに目を合わせた。
「なんか…いい奴なんだもん」
その一瞬、さくらが彼を見た時の瞳に、信頼の光りがひらめいた。
「いつか…だったよね、名前」
彼はその瞳から目をそらして頷いた。見つめ返すと、何故だかとても大きなものに呑まれてしまうのではないかという妙な不安が彼を襲ったのだ。
「そう呼んだほうがいい?」
彼女は聞いた。彼は少し考えた後、首を振った。
「好きに呼んでくれて…構わない」
そっか、と彼女は言い、七星を腰に携えてくるりと回った。
「さて、行きますか!」
そして、一人の人間と、一人の狗族と、一つの澱みが、難攻不落の敵の本丸を目指して最後の出発をした。
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青嵐は、頬をなぶる海風を感じた。誰が見ても、この戦いは勝つ見込みの無い負け戦。しかし、それでも彼らは剣を取った。妻に別れを告げ、子供に最後の抱擁をし、沢山のものが青嵐の元へ集った。
今、彼の後ろには累々たる死者と、彼らが次の世代に譲る、主を持たない風の名があった。そして、彼の目の前には敵の本陣があり、そして生き残った戦士たちがいる。姿を隠してはいるが、確かにそこに居ることが分かった。青嵐会に忠誠を誓うものを、あえて各軍に配属させて良かった。自分がそれほど信頼されていると思うとむずがゆい気もしたが、とにかく有難かった。
戦の始まりに吹き抜けた清らかな風は、戦いが熾烈を極めるほどに弱まり、さっきまではほとんど止まってしまっていた。時折、病んだような物悲しい風が吹き抜けていく以外には、風と呼べるようなものは無い。
しかし今、青嵐の羽織を躍らせるのは清らかな海風だった。