飃の啼く…最終章(中篇)-10
「イナサ、行くぞ…!」
そして、大和は近くに居る震軍の狗族たちに狛狗族の言葉を伝えた。伝言は広まり、狗族たちは戸惑いながらも結界を離れた。尚も暴れるイナサに、大和はとうとう彼女のからだごと捕まえて、引きずっていかなければならなくなった。
「放せ!放せ、私は残る!残って最後まで戦う!」
「馬鹿野郎!!」
大和が怒鳴った。
「馬鹿野郎!それはお前の戦いじゃない!」
イナサの体から、力が抜けた。
「じゃあ、私の戦いとは、何だ…大和」
肩が震える。大和は、その身体を自分のほうに向けて抱きしめた。
「生き抜くことだ。それがお前の戦いで、狗族みんなの戦いだ…そうだろ?」
「人間が憎い」
イナサは、大和の服をギュッと握って、彼の胸で小さく言った。
「澱みは憎い…でも、人間も、嫌いだ」
「ごめんな」
大和も小さく返した。
「勝手に生み出して、勝手に忘れ去る…ずるいよ、人間は…。私達がどんな思いで、生きてきたか知らないで」
「ごめんな」
大和は、もう一度言った。彼はイナサをバイクに乗せ、自分それにもまたがりその場を後にした。徐々に大きくなる詠唱を背に、彼は、後ろを振り返らなかった。
―詠唱の高鳴りが最頂点に達して…狛犬たちの歌声は消えた。
そして、壮絶な雷鳴の如き轟音が鳴り響くや、おびただしい数の澱みの塵が、大和たちの走るところまで飛んできた。
「ああ…」
イナサは、小さく呟いた。
「また、死んでしまった」
「じゃあ、生みゃあいい」
イナサの答えは期待していなかったが、彼女はか細い声で聞いた。
「誰が?何を生む?」
大和は声を張り上げた。
「おまえが!元気なガキを一杯生んで!それでそいつらに聞かせてやるんだよ!戦いのこと、戦って死んだ奴のこと!」
言いながら、顔が火照ってくるのが、自分でも分かった。