『鎌倉八景〜天園ハイキングコース〜』-11
ゴールはもう目の前だった。
石畳を歩き、舞殿が目に入る。
ここで静御前が舞ったとか、小学校の時、先生が説明していた気がする。
そして石段の13段目で、将軍が大銀杏から出てきた誰かに殺されたとか。
変な事ばかり覚えているものだ。
遠足で来たのであろう小学生が、いち、に、さん・・・・・・と石段を13段目まで数えて上っては、写真を撮っている。呪われるがいい、と一瞬思ってしまってから、自分の精神状態が随分良くないことに気がつく。
当たり前と言えば当たり前だ。
歩くたびにしびれるように痛い足を引きずりながら、最後まで石段を登ると、「八幡宮」と書かれた看板みたいなのが目に入った。
じっとそれを見ていると、日向が
「あの八という字、よく見て下さい。目が描いてあるでしょ。鳩なんですよ。そこから鳩サブレーができたわけです。」
とトリビアを披露してくる。随分と余裕があるものだ。
これが若さというものか。呟いて苦笑する。
5円玉を、賽銭箱に投げ入れた。
隣で日向も小銭を財布から出している。
作法を守って礼をしているのを見て、ちゃんとしたうちの子供なのだなと思った。
手を併せ、目を瞑って祈った。
“悠人とちゃんと別れられますように。そしてちゃんと運命の人に出会えて、結婚できますように。でも、この隣の女は、悠人と結婚はできませんように。”
祈った後、自分がもう悠人とは別れたいのだということに気付いた。
神様の前で、嘘はつけない。それが本心ということだ。
それでも私は今、悠人と別れない。
目を開いてから日向に
「何をお願いしたの?」
と問うてみた。
「何も。無心です。」
可愛くない答えが返ってくる。
「おみくじでもひこうかな。」
独り言のように言って歩くと、日向もついて来た。
100円を巫女さんに渡し、ガシャガシャとふって出した札は42番。吉。
日向のおみくじを見ると、中吉。
私よりも良い運勢に、胸がチクリと痛んだ。
こんなものでさえ、傷つくなんて。
“交際:慎み深く生きよ。”
慎み深く生きて欲しいのは、むしろ隣の女と悠人だ。
「おそばでも食べませんか?」
注意深くおみくじを結んでから、おもむろに日向は言った。
「食べ終わったくらいに、きっと鎌倉駅で悠人さんが待っていますよ。」
驚いた。
気付かぬうちに私は退路を断たれたらしい。
「あなたが呼んだの。」
そう事務的に尋ねると、ゆっくりと自分に確認するかのように日向は頷いた。
「まだ事情は、話してないです。ただ七瀬さんと鎌倉に来ているから来てくれって、それだけメールで打ちました。」
恐ろしい女だと、思った。