飃の啼く…最終章(前編)-1
8月19日、午前10時。
ごろごろという足音はまだ遠い。真っ黒な雲は何処から湧き出るのか、それは一分の隙も無く円い空の器を満たす。
懇願するように頬を叩く風。灰色と黒、そして白の街並み。元は名前を持っていた、幾つもの物が塵や芥に帰してしまった。元は数多の色彩より織り上げられていた風景は、引きちぎられ、打ち捨てられてしまった。こんなに短い間に、こんなにあっという間に、人間が築きあげた沢山のものが破壊され、瓦礫と化した。
ひときわ高い高層ビルを残して、家屋も、店も、建物という建物は根こそぎ破壊されていた。ハリケーンの後のように、街は瓦礫の海に姿を変えた。この歳で、こんなにあっけなく世界の終わりを目にすることになろうとは…。青年は、いつどこかに落ちてもおかしくないほど近づいている雷の気配とそのごろごろという音を聞きながら、瓦礫の一つに座り込む河野を見た。
「おい河野」
呆然と座り込む彼を立たせる。
「行くぞ」
血と埃で汚れた彼らの顔には、涙が流れたところだけ、筋がついていた。ふらつく河野を何とか立たせたのは、二人の所属するUMA部の副部長、真田隼人である。真田には、河野が落ち込む理由がよくわかっていた。自分だって、その気持ちは一緒だ。
この戦いが始まって三日がたとうとしていた。こんなに短い時間で、如何に多くの命が失われていったことか。中でも彼らの心をえぐったのは、小夜の兄が死んだことだった。
「しっかり歩け。一番泣きたいのは小夜なんだぞ」
小夜はといえば、二人を遠巻きに間に挟み、あたりに敵影が無いか、目を凝らし感覚を研ぎ澄ましている。
「ああ…ごめん」
「またそろそろ報告しないと…」
彼らの仕事は、戦況を彼らのビデオカメラに記録すること。それともう一つ、1時間ごとに、一番近くの狗族の村で待機する油良の元に、情報を送ることだった。
彼らは、近くに割れた鏡の破片を見つけると、そこにうずくまった。
「野分!いまから戦況の報告に入る!」
野分は周囲を警戒したままうなずいた。
真田は、ポケットから、水の入った小さな瓶を取り出した。その中の水を、一滴だけガラスの破片に落とす。そして、彼はその破片に向って話しかけた。
「油良、こちら真田。戦況を報告する」
ややあって、破片に写る自分の顔が揺らぎ、鏡の“向こう”に油良の顔が映った。向こうではこちらの様子を水鏡に移しているせいで、油良の顔は奇妙に揺らぐ。さっき垂らした小瓶の中の水は、油良が自分の顔を映している水鏡の中の水だ。これがあれば、澱みの瘴気ごと結界に閉じ込められたこの空間でも、外部と連絡を取ることができる。