飃の啼く…最終章(前編)-8
「カジマヤ、とっとと逃げろ!」
「え…」
カジマヤの心はぐらついた。
「お、俺も一緒に戦う!」
気を取り直して言う。しかし、そんな彼の弱腰などとっくにお見通しの夕雷は牙を向いて吼えた。
「馬鹿野郎!いくら粋がったって、今お前に吹いてんのは臆病風なんだよ!お前がいると迷惑だ、どっか行け!」
その一言に叩かれたように、カジマヤは反射的に飛び出した。
謝罪の言葉も、感謝の言葉もなく、一目散にそこから逃げ出した。
「…よくもせっかくのご馳走を逃がしてくれたな…」
厭はすねたように頭を振り、ひづめを鳴らした。
「根絶やしにしてやる!」
しかし夕雷は彼の方など向いていない。彼は擾のほうを見ながら、厭の言葉を思いっきり無視した。
「なぁ、刺青―」
まさかこんなちっぽけな妖怪が自分の言葉を無視しようとは思っていなかった厭は二の句が告げなかった。
「な―」
「お前の秘蔵っ子はな、オレを先生とよんで慕ってくれてるぜ」
本当は、むずがゆいから“先生”なんて呼ばせずに名前で呼ばせているのだが。とにかく夕雷は、擾に思い知らせてやりたかったのだ。
「そうかよ、鎌鼠」
「そうだよ。あいつはもう、お前のことなんざこれっぽっちも気にかけていやしねえぜ」
突然、厭の角が夕雷を襲った。夕雷はなんでもないというようにそれをかわして言った。
「いま、“おれ達で”話をしてるんだがな」
「調子に乗るなよ…!この私を誰だと思ってる!!」
厭は激昂し、牙をむき出して唸った。
「誰って、澱みだろうが。澱みに名前などいるかよ、阿呆!」
「死ね!!」
厭が再び夕雷に襲い掛かり、待機していた鎌鼬がいっせいに鎌を放つ。
ここに、鎌鼬と、厭、そして擾との戦いが起こった。
8月19日、午後2時のことだ。