飃の啼く…最終章(前編)-7
「児戯が、過ぎたようだな…!」
カジマヤは小刀を握り締めた。その一方で、心の中では恐怖がふつふつと頭をもたげつつあった。彼が一瞬前逃げずに、わざわざここに再び降り立ったのは、ひとえに自分の力を確認したかったからだ。おれでもやる時ゃやれるんだと、証明したかったからなのだ。
「この手を奪った褒美に、良いものを見せてやる!」
「おい!こいつ相手にそこまでする必要は…!」
擾は厭の暴走をたしなめたが、
「五月蠅いぞ旧式!貴様はそこで、邪魔をしないで見ていろ…私がこいつの身体を串刺しにして、頭から血を浴びるところをな!」
―なんだよ、俺、兄貴やお袋の反対を押し切ってここまで来たのに、こんな風に死んじまうのかよ。お袋はなんていうかな、兄貴はどう思うかな…
―あの娘にも―
目の前に立つ澱みは、手を失った腕から、今度は手以外のものを生やし始めた。はじめはビンの底のように見えたそれは、徐々に形を変え、長く伸び、同時に人間の顔を模していた頭も、身体も、ぐぐっと形を変えた。一瞬後、カジマヤが対峙していたのは馬鹿みたいに長い角を生やした澱みだった。それも、頭が彼の身体ほどある。山羊のようにも見えるが、その姿はまるで違う。本来の澱みの身体である、濁った黒い物体に、毛の生えた殻がほとんど剥がれ落ちた鱗みたいに所々張り付いている。鱗のない部分には黒い皮膚と、おびただしい数の目がついていて、その全てがカジマヤをねめつけていた。
―なんだよこれ。俺…
「ハハハ、恐怖に声も出ないか?」
―おれ、怖がってんのかよ。
地面が彼の足を捕まえたかのように、ピクリとも動くことは出来なかった。頭の中では既に、あの角が自分を串刺しにする光景が繰り返し見えていた。
「ざまあねえなぁ!」
その声は、カジマヤの後ろから聞こえた。
姿を確認するまでもなかった。そのえらそうな声、偉そうな物言い、そして、その不遜な態度に似合わぬ小さな身体。
「ゆ…夕雷―?」
「だから、ガキを戦場に連れてきちゃいけねえんだよ」
カジマヤは、やっと身体の呪縛を解かれて振り返った。夕雷だけじゃない。何十体という鎌鼬が、皆それぞれ違った形の鎌を構えて立っていた。
「なんだ、誰かと思ったら、つまらない鼠が、雁首そろえてお出ましか!」
「鼠じゃねえ、鼬だ!そんな事もしらねえのか、このうつけ!」
明らかに気分を害したらしい夕雷が噛み付いた。しかし気分を害する余裕があるというのは凄いことだとカジマヤは心の隅で賞賛した。