飃の啼く…最終章(前編)-6
そこは、周囲の建物が片っ端から壊されている開けた場所だった。もっとも、今ではこの周辺で建ったまま残っている建物のほうが珍しい。おかげで、遠くに見える敵の本陣はまだかなり小さいことがよくわかる。
そして、カジマヤの周りを取り囲む黒い影。ざっとみたところ、20は居る。飃なら、こんな数の澱みはものともしないのだろうが、今は彼らの助けを期待することも出来ない。
―畜生、死んだなんて、俺は信じねえかんな!
「余裕ぶっこいてられるのも今のうちだぜ!キザ野郎!」
「キザ野郎じゃない、私の名前は厭(いとふ)だ…厭魅(えんみ)の厭、だな。それで、君の名は?」
我慢できなくなって、カジマヤが風を纏う。赤銅の髪が揺らぎ、両手に握られた双剣が煌いた。
「お前になんか教えるかよ!!」
風が巻き起こる。瓦礫や破片が風にさらわれて、それ自体が小さな武器となって澱みを怯ませた。
カジマヤはその風に乗って、目には見えない速さで彼を取り囲む20体あまりの雑魚を蹴散らした。渾身の一撃だ。だが、円陣の外に居た厭と擾にはかすりもしない。カジマヤは、余裕の笑みを浮かべている厭の姿を見た。しかし、瞬きをした瞬間、その姿は消えた。
「な…」
「山椒は小粒で…か。なかなか腕が立つな、坊や」
すぐ後ろから、首根っこをつかまれる。カジマヤは凍りついた。
「しかし、所詮は子供だ」
カジマヤが目にも留まらぬ速さで動けるとしたら、こいつはそれよりはるかに早く動ける。うしろから首を掴んだ指がめきめきと伸びて、首輪のようにカジマヤを捉えた。
―うそだろぉ…!
「わたしはな、若い狗族の血を浴びながら生気を吸うのがすきなのだ…」
厭はカジマヤを持ち上げた。足が地面から離れ、喉が潰れて息が苦しい。
―ふざけんなふざけんなふざけんなふざけんな!!
「くそぉっ!!」
カジマヤは、渾身の力をこめてもう一度風を起こした。風は竜巻のように彼の身体を包む。すると、彼の首をつかむ手から力がぬけた。
―しめた!
一度空中に飛んで、呆然と立ち尽くす厭 の前に着地する。カジマヤは持っていた小刀で、首輪を切った。みると、厭の両腕は失われていた。彼は呆然と、自分の手が在ったはずの場所を見つめている。
「な…ん、だと」
しかし、カジマヤはまた自分に失望することになる。なぜなら、目の前に立っているのは澱みのヒエラルキーの中では黷の次に強力な力を持つ4体のうちの一人だったから。そして、カジマヤはそいつを本気にさせて、しかも逃げるチャンスはたった今逃してしまったからだ。
厭の冷静な表情が、焼け爛れたように変貌した。唇はめくれ上がり、そこからおぞましい牙が見えている。