飃の啼く…最終章(前編)-2
「ああ、待っていたよ…戦況はどうか?」
河野は力なく首を振った。
「好転はしてないよ…今さっき、小夜のお兄さんが、澱みに…」
油良がため息をつき、画面に漣が立った。
「それから…それから、八条さくらと飃の二人も戦死したそうだ」
「何と!?」
油良が今度は、水鏡の乗った卓に派手に手を着いたようだ。水鏡が大きく揺れ、こちらからはかろうじて向こうの影が写る程度になった。
「なんと…なんという凶報じゃ…」
河野と真田は、この二人の命が狗族と他の妖怪達にとってどれほどの重みを持つか全く知らなかった。あの日、動画に写っていた神社で戦っていたことを知っているのは確かだが、彼ら二人は、八条さくらと飃が、一年と三ヶ月の間に何をしたかを知らないのだ。
彼らがカメラを携えて話を聞いた誰もがこの、二人が死んだというニュースを二人に聞かせた。
―八条さくらと、飃が死んだらしい。
その言葉は、絶望の表情と共に語られ、それを耳にした野分と小夜も、口を覆って驚愕していた。
それからというもの、二人の表情は沈んだままで、口数も減った。
「教えてくれ、油良…その二人は一体何者だったんだ?」
過去形で語らなくてはいけないことに小さな罪悪感を覚えつつ、真田は聞いた。
「あの二人は…」油良は言った。
「希望じゃ」
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時折吹く風も、おどおどと、まるで怯えてでもいるように弱弱しいものだった。体を洗うような清々しい風など、もう何年も体に受けていないような心地すらする。のしかかる分厚い雲が太陽を遮って、世界から本来の色を奪っている。ガラス片が、歩くたびに割れたり、擦れたりして、何ともいやな音を立てた。項を焼く太陽の、カンとした暑さではなく、ゆっくりとかき回される、火にかけた鍋の底に居るような、粘り気のある、逃げ場のない暑さが戦場を覆っていた。
そう何度も足を運んだ記憶もないが、この街の風景はこんなものではなかったはずだ、と彼女は思った。高層ビルや、娯楽施設が立ち並び、広い道路と、高架線路が張り巡らされた、もう一つの都心と呼ばれた立派な街だったはずだ。しかし、今はその面影すらない。楽しげな色のビルも、コミカルな書体の看板も、派手な観覧車も、煌びやかなネオンも、すべて破壊しつくされてしまった。
それが、彼らに用意された戦場だった。
荒廃した街と、開けた空間。その向こうに見える、黒い繭に包まれた敵の本丸。
遠くはなれたここからなら、掌に載りそうなほど小さく思えるというのに。まるでその黒いものは、彼ら達を待ち構えるように沈黙し、不動であった。
青嵐を筆頭にした本軍が進軍を開始する少し前、彼らはひっそりと、言葉も交わさずに、黒い繭を目指して歩き始めた。