飃の啼く…最終章(前編)-19
「夕雷っ!!」
「残念だァ、後ろがおろそかだったなァ、七番…!」
神立は歯軋りして擾を睨んだ。
「何が望みなんだ!お前の下僕になるくらいなら、僕は…!」
「それだよ…」
擾は、神立の肩になれなれしく腕を回した。
「お前が死ねば、さ、あの鎌鼬は生きたまま逃がしてやるよォ…」
「馬鹿野郎、耳を貸すんじゃねえ、神立!」
しかし神立はもうその申し出について考え始めていた。
―僕が死ねば、夕雷は助かる。
「何人も何人も何人も殺してきたおめェじゃねえか…自分が死ぬことで、大事な“先生”の命が助かるんだ…いい申し出だと思わねェか…?」
夕雷は狂ったように暴れた。しかし、弱りきった身体を5体の澱みに押さえつけられては振りほどく術は無い。
―畜生、あいつは真面目すぎるから。あいつはクソ真面目で、自分のしてきたことにものすごい罪の意識を感じているから、そんな事を言えばどうなるかはわかりきってるじゃねえか。
夕雷の兄が彼に託した鎌で、いとも容易く自分の首を落とすだろう。
「神立ぃ!聞くんじゃねえ!俺はどうせもう長くねえんだ!お前が死ぬことなんか無えんだぞーっ!!」
しかし、彼の声はもう届いては居なかった。深い自責の念、そして、擾の手が首に回された瞬間に引っかかれた爪あとから入り込み、彼の身体を汚染した蚩の毒が、彼の思考を停止させてしまっていた。
神立の意識の中で、擾の耳に気持ちのいい言葉だけが渦を巻く。
―けじめをつけるんだよ、七番…それで何人の命が助かる?幾つの魂が浮かばれる?そうだ、夕雷だけじゃねェ…他の鎌鼬も逃がしてやるよ…どうだ?
「僕…は……」
神立は、自分の鎌を握った。
―畜生、畜生!死なせてたまるかよ!!親父、兄貴、姉貴…力を、力を貸してくれ…!
「おぉおおぉぉおぉおおおお!!」
ぶつり。
神立は、意識の遠くで痛みを感じた。そして、温かい血のにおい。そして、言葉。
「神立!!」
暗闇から一気に、清浄な景色へとワープする。灰色の地面、血の匂い、腕の痛み、息苦しさ、肩の重み、そして言葉。
「夕…雷―?」
夕雷は、神立の腕に噛み付いていた。手足を引きちぎられた、首と胴だけの姿で。