飃の啼く…最終章(前編)-15
厭は赫怒していた。あのちっぽけな鎌鼬とかいう妖怪に、思いのほか手こずったからだ。結局、彼は角と足を一本もって行かれた。あの時、擾の介入がなかったら、危うくもう一つの角も持っていかれたかもしれない。あいつは旧式の死に損ないだが、あのえげつない戦い方はなかなか嫌いじゃない、と厭は思った。
尚も追いかけてこようとする鎌鼬を振り切って、彼はその足で、ふつふつと煮えたぎる怒りを、あの小さく臆病な狗族にぶつけることにしたのだ。そして、止めを刺してゆっくりとそいつの生気を味わい、全快してから鎌鼬共を八つ裂きにしてやる。
この自分が、あんな卑小な化け物どもから逃げ出しただと…。
それを思うと、厭の怒りはいや増した。
あの狗族の匂いは徐々に濃くなってくる。歪な足音を響かせて、彼はその匂いに突進しようかという勢いで駆けた。
足音が妙だ。
カジマヤは直感した。彼の足が一本無いことを。あいつの長い角にぶっ刺されたら終わりだけど、足元には武器という武器は無い。ひづめの一撃は重いだろうが、そこまで柔軟性のある関節でもなさそうだから、自分の身体ならうまくすり抜けられる。
行き当たりばったりの戦い方を、飃兄ちゃんに良くしかられたっけ。
―見ててくれよ。
蹄の音、ついで傷ついた巨大な獣の姿が現れた。
「見つけたぞ!チビ!」
「こっちの台詞だ、でくの坊!」
出会いがしらに、双方が攻撃を仕掛けた。厭はもちろん角を振り回して。カジマヤは、その角が振り上げられた瞬間を狙って足元に入り込んだ。そして―
「風よ!!」
旋風を巻き起こして体ごと、両手の小刀を回転させた。手ごたえは二つ。しかし、そのどちらも切断にはいたっていない。足の下から抜け出そうとしたカジマヤのわき腹に、蹄の重い一撃が来た。
ごろごろと転がり、立ち上がるも鋭い痛みが息をするたびに彼を襲う。
―あばらが、2,3本いっちまった。
「このガキ…!小賢しい技を遣いやがって!!」
外殻から漏れる澱みの体液は、足元から確かに多く流れ出ている。しかし、動きを鈍らせるには、彼はあまりに澱みを怒らせてしまっていた。
「わぁあ!」
あばらを庇って逃げ回るカジマヤに、澱みはこれでもかと角を突きたてようと振り回す。避けるほうのカジマヤも、何度かかすりそうになってすれすれで避けるのが精一杯だった。
しかし、彼の目はまだ、恐怖に囚われてはいない。厭はそれが気に食わなかった。
「うわっ!」
下水のぬめった地面に足を取られて、カジマヤがしりもちをついて転んだ。そのどてっ腹めがけて、厭の角が突き出される。カジマヤは身体を回転させて何とか避けるも、立ち上がることの出来ないまま後ずさりをせざるを得なかった。