飃の啼く…最終章(前編)-13
―迅い!
人間の姿をしていたときよりも、格段にスピードが増している。なるほど、強化版とはその通りだ。下級上級を選ばず獣の姿を模するのを好む澱みだが、このタイプは獣の姿のときにその真価を発揮するらしい。
「ぐっ!」
背中を殴られたような衝撃が走り、南風は地面に投げ出された。予想のつかない頭の動きを追うのに必死で、尻尾がすぐ後ろに迫っていた事に気付かなかったのだ。剣を杖にして立ち上がると、再び尻尾が彼女を襲った。そのまま、弄るように、生かさず殺さぬ強さで殴りながら、冥はヒステリックな高笑いを上げた。
「あは、あははは!いいザマ!いいザマよぉ、南風!髪はボロボロで、顔は血だらけで!あんたの今の顔を見たら、ご自慢の旦那だってあんたのこと、抱いたりなんかしないわ!」
次の瞬間、蛇は尻尾を失った。
「え―?」
最後まで言い終わらない内に、蛇は体の中心を輪切りに両断されていた。
甲高い悲鳴が響く。
「な、な、な、な…!」
言葉にならない問いだけが、痙攣したように口から漏れる。冥の胴体を切った南風はすでに彼の後ろにいて、その表情は髪が覆っていた。
蛇は身もだえし、せめて道連れにと、半分だけの身体で地面を這い、大きな口をあけて南風を狙った。
「失礼仕る!」
その一撃は二人の頭上から振ってきた。御祭が軽やかな身のこなしで蛇の頭めがけて剣を投げ、其のまま剣の上に降り立って蛇の頭を地面に串刺しにした。
「か、かハあぁ!」
南風は、顔を覆っていた髪をどけて、蛇の顔に自分の顔を近づけて囁いた。
その顔は血だらけで、傷だらけなのに、表情は氷のようで、ぞっとするほど美しかった。
「美しさを語るのには、ちょっと未熟だったみたいね…坊や」
蛇はぐるりと白目をむき、其のまま塵となって消えた。南風はふっと目を閉じると膝から崩れ落ちそうになった。それをあわてて御祭が受け止める。
「おい、南風さんよ、大丈夫かい!」
南風は、一瞬遠のいた意識を再び取り戻した。
「あ、あら、ごめんなさい。御祭…」
「構わんけどよ、しっかしまぁ、あんたも恐ろしい女だね」
御祭が冗談っぽく言った。それから急に真顔になって、
「有難うよ…あんたが来てくれなかったら、ワシらは全滅するところだった」
素直に感謝の意を述べた。