飃の啼く…第27章-6
「貴女が男に送るなら、もっと…河原撫子やら下野草とか、かわいらしいのがあるでしょうに」
何故か若狭が口を尖らせた。南風はふふ、と笑って、言う。
「この羽織、あの方がくれたのよ…見て」
若狭に向けた羽織の背中には、まるで矛のような形の葉と、紫の実が描かれていた。
「桑、ですか?随分変な文様を選びましたね」
南風は嬉しそうに頷いた。そういう様子を見るのが若狭は好きだった。かつての彼女はそれこそ、アザミの花言葉にあるように、“厳格”一辺倒の性格だった。こんな風に笑う彼女を見つけてくれたことは、とりあえず青嵐に感謝しなくてはならない、と若狭は思った。
「そういえば、コイブキソウの花言葉は何でした?」
「復讐、そして、独立」
背を向けたまま、南風が言った。
「あの人にぴったりだと思わない?」
「また…ものものしい花言葉ですね」
遠慮の無い若狭の物言いに、南風は微笑んで言った。
「まだ蕾で…よかったのかもしれないわね」
そして、居並び、出発の時を待つ兵達の下へ颯爽と歩いていった。じゃあ、あなたが貰ったその花の花言葉は…と聞こうとした若狭を押しとどめるように、彼女は澄んだ声を張り上げた。
「さぁ、皆のもの。いざ跳ぼう、東へ!」
そして乾軍(けんぐん)の戦士達は、伊吹山にかかる雲の中に姿を消した。先頭を行くのは、背中に翻る桑の鮮やかな紫。その花言葉は、彼女の心の内に秘められている。
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朝もやの中に、村は沈んでいた。
勇ましい軍歌も無い。勇壮な喚声も無い。旅立つ戦士を見送る人影もなかった。
戦士たちはもう、行ってしまったのだ。日も差さぬうちから、戦場を目指して。どんな言葉を残すことも無く。
―朝の出掛けに どの山見ても
霧のかからぬ 山はない―
誰かがふと、そう漏らすのを、別の誰かが聞いた。
震軍の、無言の出立にこめられたのは、帰還の約束か、不帰の決意か―
勇ましい軍歌も、喚声も、人影もない村の中で、細々と武運を祈る歌声だけが、朝もやに沈む村に響いていた。