飃の啼く…第27章-4
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―船頭可愛いと 沖行く船に
瀬戸の女郎衆が 袖濡らす
泣いてくれるな 出船の時にゃ
沖で艪櫂の 手が渋る
雷鳴はやまない。神立は、中国地方の各地から集まった戦士達の頭上で不穏に響く雷鳴に耳を傾けていた。澱みの残党が、しぶとく残って龍を手こずらせていると聞く。
無事に戻れる保証の無い戦いへ赴こうという今、戦士達のざわめきの中に聞こえた歌に、どこからか別の声が返した。
―戻る舟路にゃ 櫓櫂が勇む
いとし妻子が 待つほどに
これには兵士達が沸いた。どうやら、今の声が歌いかけた相手が結婚したばかりだったらしい。若い頬を染め、頭を掻き掻きしている一人が回りに小突かれていた。
「全員、無事に帰って来たいですね」
誰にとも無く呟いた言葉を、隣の颱が拾った。しかし、その表情は哀しげで、唯一感情を読み取ることの出来る目許ははっきりと憂いの色を帯びていた。
―全員無事に。
叶う望みの無い願いだと、心の中で分かっていることが悔しい。だけど、その思いは皆同じなのだ。
「出雲を守る兌軍(だぐん)の兵達よ、準備はいいか!」
颶の、よく通るさわやかな声が響いた。
「妻に子に、今生の別れは告げたか!」
威勢のいい声が帰ってくる。
「死地に赴く覚悟は出来ているか!」
更に大きな声。
「瀬戸の女郎衆は私達の分まで泣いてくれよう。我らは笑って、前に進め!いざ!」
神立は、一同に清々しい笑顔を見た。とても、愛するものを後に残すものの顔とは思えない。死を覚悟したものの顔とは。
次々と飛翔する戦士達の姿を見つめながら、神立は再び雷鳴纏う雲の向こうを思った。
―行ってくるよ、春雲。例え死ぬとしても、君にもう一度会うまでは死ぬもんか。
熱い心に答えるように、遠くでひときわ大きな雷が落ちた。神立は微笑んで、戦果を歌う兵達の後に続いた。