飃の啼く…第27章-3
「帰ってやれよ。もう一度」
「出来ればな!」
山から望む水平線は、雲の向こうに昇り始めた太陽の朱に、幽かに染まっている。
「…お前が居てくれれば百人力だ…俺の千人力と合わせればそうとうなもんになるな!」
ウラニシが豪快に笑い、風巻も観念したようにふっと笑う。
吹き渡る海風に、たなびく雲のような白波が煌く。
歌の締めくくりをその海風にのせたのは、ウラニシか、風巻か、はたまた兵士の一人か。
「夢を褥(しとね)に 夢やいづこ
明けのみ空に 日の御旗」
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「祖谷のかずら橋ゃ 様となら渡る
落ちて死んでも もろともに
死んでも 死んでも 落ちて
落ちて死んでも もろともに」
哀しげな歌をひとしきりゆっくりと、情感をこめて歌った御祭の背中を、妻の東風(こち)がぴしゃりと叩いた。
「厭ですよ縁起でもないうた歌って!」
悪びれずからからと笑う御祭に釣られて、巽軍(そんぐん)の兵士達もどっと沸いた。
見える顔は、狗族ならばほとんどが狸狗族だ。四国では、昔狐と狸の陣取り合戦が起こった。勝利した狸が、ほとんど狐を四国から追っ払ってしまったのだという。その四国の狸たちが、狼と、狛と、そして狐と共に戦うのはいささか気恥ずかしい感があるはずだ。しかし、背の小さい御祭の傍らにすっと立つ、見目麗しい奥方は黒狐だ。
「じゃあお前、歌ってくれ、ひとつ明るいのをな!」
夫は言うなり手拍子を打ち始めた。
「金比羅み山の 青葉のかげから
金の御幣の 光がチョイさしゃ
海山雲きり 晴れわたる
一度まわれば…」
狸も、狼も、狛も、狐も、手を叩き、合いの手を入れ唱和した。
「お宮は金比羅 船神さまだよ
時化(しけ)でも無事だよ
雪洞(ぼんぼり)ゃ明るい
錨を下ろして 遊ばんせ」
御祭は愉快そうに笑い、いつもの快活な声で言った。
「それじゃあそろそろ、我らが大将の御許に馳せ参じるとしようか!」
帰ってくる喊声は明るい。彼らの背中を後押しする様に、威勢のよい風が大気を捲きあげた。