「緋色の欲望」-6
「お、おれ…」
最初に沈黙を破ったのは彼の意味をなさない呟きだった。
「ごめんっ」
続いて舞の耳元でそう囁くと、彼は脱兎の如く走り去っていく。
残された舞はひとり汚れた背中を拭くと、のろのろと制服に袖を通した。
いつの間にか奥にいたはずの先輩の姿も見当たらなくなっていた。
ミーン ミンミンミンミーン
どこかで蝉の鳴く音が聞こえる。
それは、梅雨が明け夏の到来を示す音であった。
間もなく楼に帰る時間である。
舞は荷物をまとめると、楼主の来る駐車場へと足を向けた。