「僕とアニキの家庭の事情・5」-6
多分なにかあったんだろうと思う。はにかんだような笑顔を作りながらも、そのルビー色をした瞳は笑ってない。まぁ元から割と笑ってない気もしなくはないが。
けれどこれ以上質問してもちゃんとした答えが却って来る確率は低いだろう。
伝える事が必要であればコイツはちゃんと言うし、必要ないと判断すればどんな聞き方をしてもはぐらかされるだけだ。
円にとってそれは別に秘密主義とかじゃなく、他者と自分の間に自ら引いたラインであって、絶対的な境界線なんだろう。
この頃イタさを増してる感のあるボクよりも、恐らく更に深い所に在る自分の『心』を他人に見せない、いや、気付きすらさせない為の境界線。
そして幸か不幸か、円にはそれを病的に見せない才能(?)がある。
現にコイツを取り巻いている人の中で、円の『闇』に気付いている人間は数える程だと思う。
そしてその理由を知ってるヤツは更に少ない。って言うか、ボクか知ってる中では実は馨だけだったりする。
「あんましポチいぢめないよーにネ」
「ぁい」
苦笑いを浮かべながら言うボクに、円はカクンと首を曲げて頷いた。
「んー」
「どかしたー?」
もうそろそろ目的駅に着くという頃、ふと気付いた疑問に頭を捻っていると、円が聞いてきた。
「いや、いっつも馨ギリギリで来るじゃん?がっこ」
「そだねー」
「この電車に乗ってないって、けっこーヤバいよネ」
正直、ボクらも割とヤバい気がするくらいの時間だったりする。
しかも円と一緒に居ると、下手に走らせられない(って言うかコイツはまず走らない)と言うのもあって、間違いなく朝礼ギリギリになる。
まぁ円の場合、間に合わないと判断すると、引く位に堂々と遅刻していくんだけど・・。
「だねー。てゆか、ポチが早めにいってるってゆーセンタクシはさいしょっからないのね」
「だって馨だし。」
「まね」
へらへらと笑いながら聞いてきた円に対し、割と酷い事をサラッと言ってみる。
まぁ今日が、年に1回あるかないかの早め通学っていう可能性もゼロではないんだけれど、なんとなく今日は違う気がする。
何だろう?
「ホントになんもないの?円」
あまり円は同じ事を何回もされたり聞かれたりするのを好きじゃない事を知りつつ、敢えてもう一度聞いてみる。
「だーからしらなーいってばー」
若干気分を害したらしく、苦笑いを浮かべながら返してくる。
(・・・ま、がっこ行けば判るか。)
そう考えている内、まもなく快速電車は駅へと滑り込んで行った。
・・・・・・。
「休み、デスか」
予想通り、遅刻こそしなかったもののギリギリに登校したボクらは、朝礼で担任から馨が欠席という事を聞いた。
「そうだな。確かに珍しいなー、植本が休みとか。」
「ですね」
ファイルをペンでつつきながら、だーやん(担任教師のあだ名。名前が眞鍋(まなべ)大輔だからって馨が付けて、気付けばみんなそう呼んでたりする)がそう言うのを、ボクは若干上の空で聞いていた。
(変だな、馨が休みとか・・)
「理由、何デスか?」
「いや、本人から電話で『風邪引いたんで休みます』って」
「は?」
(本人から・・・・?)
ますますおかしい。
「せんせー、オレも風邪引いたんで休んでイイっすかー?」
「っさいボケ。死ね。」
朝礼前、ざわついていた教室で、クラスのムードメーカー的な存在の大東(だいとう)が手を上げて質問。それをだーやんがバッサリ切り捨てる。