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日本では、年間9万件の捜索願が出される。その内の半数が2年以内に帰宅を確認され、残りの半数がなんらかの犯罪に、被害者、または加害者として関与していたこと、あるいは死亡が確認されている。
だが、それはあくまで捜索願が受理された件数である。未提出の案件、受理されなかったものを含めればその数は20万件にも及ぶと言う。捜索願が受理された案件のみに限定しても、年間1万人の行方不明者が存在する。
ではその者たちは何処へ?
あるものは、ただどこかで生き続けて居るだろう。自分を捜し求める者のあることを知りながら、或いは知らぬまま。
だが
全てがそうだとは限らない。
空気を洗うように清涼な風が吹き抜ける梅雨の晴れ間。
その“樹”の根は、通常の樹がそうであるのと同じように、目に見えないところで広がっていった。地面の下…知ろうと思わなければ知ることの出来ない所で。
不穏な潮は、刻一刻と満ちてゆく…
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―いいですよ。話してください。
(目の前に男が写る。洗っていないせいで黒くよごれたランニングシャツに、古びたよれよれのズボン。ごわごわの髪はほとんど白髪で、のばしっぱなしの髭にも白いものが混じっている。彼はカメラを構える者と、質問をした両方の顔を見てから、おもむろに話し始める)
「なんって言うのかな、胸焼け?あ、違う。胸騒ぎがしたんだ、その時。確かにおれはべろんべろんに酔っ払ってたし、あれ?何でおれはこんなところに立ってんだろなって思ったんだよ。でも、あんなものを見ることになるとは思わなかった。
じめじめした、いやなところだよ。ほら。ちょうどあの、あそこの路地みたいに、が電気の明かりも届かないようなとこさ」
(映像、老人の指差す先を追って映す)
「あの時は、ビルの谷間というより、隙間だな。見上げた空は、曇ってんだか晴れてんだか…とにかくネオンが眩しくて星も見えやしねえ。昔はよかったな、田舎はよかったな、って、ぼやきながら歩いてたと思うんだ」
(質問者の声がするが、カメラは音声を拾いきれない)
「え?聞くなよ。酔ってたんだから本当に声に出してぼやいてたかなんて覚えてねえよ。いいから聞け。俺はな、そのじめっとした路地の床に、うずくまってる奴がいるのを見たんだ。普通ならどうってこたない酔っ払いかなんかだろうから無視するだろ?でも、そいつは普通じゃなかったんだ。薄汚ねえ格好しててよ…でもまだ若かった。ああいうのをニートって言うんだろうな。ま、英語はわかんねえけど。とにかくそいつがょ、なーんか、何にもねえ壁を見てよ、震えてやがったんだ。だから
「何してんの?」
って聞いてやった。そしたらそいつ、今にも死にそうな目でこっちを見て、
「つかまっちゃう」
って言ったんだ。