Stormcloud-40
「わらわはここに残って、皆に澱みの恐ろしさを伝えよう。そして、神立や狗族や、地上の沢山の良いものを救うよう説得する」
「じゃあ…」
その後の言葉が何であれ、彼女は制した。「じゃあ、僕もここに残る」を期待したのか、「じゃあ、お別れだね」を怖れたのか、二人ともわからなかった。彼女は言った。
「神立、だから、再び逢う時まで、どうか…どうか無事で…」
後の言葉は継げなかった。ずっと堪えていた涙が胸までせりあがってきて、息をするのも苦しいほどだった。神立は彼女を抱きしめて、
「うん」
とだけ言った。それから彼女の頬をぬらす涙を指で拭ってから風穴の淵にたった。まるで、明日にはまた会えるみたいに、まるで、二人の間には天と地ほどの距離なんか無いみたいに
「またね!」
と言うと、眼下の戦いに文字通り飛び込んでいった。
「再見、神立…」
「春雲!!」
「こら、大人しくしろ!」
春雲は振り返った。大の大人が4人がかりで、暴れる香雲を引っ立てていくところだ。彼女は否応無しに、哥を連れて行こうとする衛兵たちを制した。
「見えるか、この光景が!馬鹿どもをのさばらせ、雲の奥深くに隠れるように生きてきた結果がこれだ!狗族どもに都は蹂躙され、民は去ってゆく…これが滅びだ、よく見よ、春雲!!」
そこに、哥の面影は無かった。
「兄上―」
滅び。その言葉は、彼女を操る糸だった。冥い箱の中で踊り続ける人形は、自分を操る糸にも気づかず、ひたすらに、ひたすらに…
「貴方のような者に全ての龍が跪く時が、真の龍の、滅びです」
彼女が見た一条の光は、先立つ嵐の前触れ。修羅の道への誘い。そして紛れもない真実。
再び見えん。嵐の気配をはらんだ春の雲となって、その時わたしは貴方の傍らに在ろう。