Stormcloud-4
「シェンリ、か。よろしくねシェンリ!」
「よろしく…って?」
彼女は嬉しそうに微笑んだ。まるで欲しい玩具を手にしたような満面の笑みである。でも…変な、笑顔だな、と神立は思った。
「嵐哥(ランコ)にお願いたんだもの、遊び相手が欲しいって。そしたら約束どおり寄越してくれたわ。あなた、嵐哥から聞いていないの?」
ランコ、ランコと言われても、神立の知り合いにそんな雅な名前の女性は居ない。どうやら彼らは、日本の言葉も中国の言葉も使うようなのだが、名詞だけは中国語から日本語に変換してくれないらしい。弱りきって神立は聞いた。
「ええと…ランコって、だれ?」
「チンランよ。チン…ラン」
言いながら、ぎりぎりと朱塗りの柱に書かれた文字は、“青嵐”だった。神立はようやく合点がいって、颪の根回しのよさと抜け目無さを賞賛し、また恨んだ。
颱の護衛とは全くの嘘で、目的はここまでたどり着くことだったのだ。そうすれば、遊び相手を待ち焦がれる春雲が瞬く間に彼を見つけて、龍宮の中に招待してくれると言うわけだ。もちろん本当のことを知っていたら、たとえ青嵐の命令だってここには来なかっただろう。
「あんた大丈夫?嵐哥ったら、ちょっとおつむが足りないのを送ってきたのかしら」
少女が心配そうに神立を見た。春という漢字が与える印象そのままに、彼女は天真爛漫で、穢れを知らない、生まれたばかりの雲のようだった。
「あ、いや、どこも悪くな…平気だから!」
ぬいぐるみをいじるようにあちこちいじり始めたので、神立はあわてて止めた。
「ちょっと…その、びっくりしただけだよ、ここがあんまり立派だから」
その言い訳に、彼女は満足したようだった。神立の手を握ったまま振り返って、門衛に甘えた声を出す。
「いいでしょう?連れて行っても!」
門衛はうんと言わない。渋い顔に、春雲はもう一度説得を試みた。
「嵐哥からの贈り物なんだからね、送り返したら無礼よ。媽媽(ママ)や爸爸(パパ)には内緒にするから!」
言いながら、握った手をぶらぶらされて、格好がつかないまま、門を半ば入ったところで不思議そうにこちらを眺めている颱に助けを求めたくなった。
ようやく門衛が頷いて「いいでしょう。ただし、陛下と殿下にはきちんとお話してください。隠し事は駄目ですよ」
と言った。春雲は歓声を上げて、神立の手を握ったまま一回転したので、彼もつられて回ってしまった。いろんな意味でふらふらの神立の手を握ったまま走り出した。最後に神立が見た限りでは、颱の目は笑っていた。自分については、なきたいのか笑いたいのかわからないような気分だった。