Stormcloud-38
「人形なんて、呼ぶな!」
「ははは!貴様もついこの間まで澱みの飼い犬だったのだろうが!道具どうし、情でも沸いたか!」
どちらの血か判らぬほど血まみれになった拳を振り上げ、お互いがぐるぐる回りながら、上になったりしたになったりを繰り返していた。
「そういうお前が…澱みの道具にされてるのが、わかんないのか!」
「黙れ!!」
不意に、神立はものすごい力で後ろに引っ張られて、其のまま壁に叩きつけられた。
「く…」
ホワイトアウトした意識が元に戻ると、龍に姿を変えた香雲が雷雲を従えて彼をねめつけていた。たった今神立を壁にたたきつけた尻尾が、鞭のようにしなっている。空気が帯電し、神立の髪の毛が逆立った。
「よせ!雷が春雲に当たる!」
「なら、貴様がさっさと死ねばいいのだ!!」
咆哮の中に言葉をこめることが出来るという点についても、その威風堂々たる姿にしても、寒雲は香雲には遠く及ばなかった。動くたびに、金の混ざった不思議な色の鱗が光、髭の先まで力が満ちていることが解った。
閃光もない。奇襲もきかない。図体も力もさっきの龍とは段違いだ。おまけに、鎌もない。
神立は構えを捨て、正面から向き合った。
「何たる暗愚!」
「背中を見せて逃げるような男が、自分の恋敵で満足なのか?」
龍はくくっと笑った。
「つくづく身の程を知らぬ餓鬼よ!」
―勝負は一瞬で決まる。
自分のスピードが、ましてや鎌もないのに、雷を追い越すことが出来るとは思っていない。しかし、一度飛び出せば、雷に当たっても髭までは届くはずだ。そうしたら、巧くいけば相打ち。運悪く髭を切った後こいつが目を覚ましたら、あとはなる様になるしかない。髭への狙いを外すという選択肢は無かった。許されていないし、その可能性は、無い。
にらみ合いが続いた。大皿よりも大きな目が、ヘッドライトのようにぎらつきながら神立を見つめている。絶対の自信があるのだろう、時折細めたりカッと見開いたりして挑発してくる。
何かが奴の気をそらしてくれるのを、待つ気は無かった。繰り出すタイミングは、自然が教えてくれる。
ひとつ―風が吹いた。
ふたつ―月が現れた。
みっつ―神立は目を閉じた。
「神立!!」
春雲が、抜き身の鎖鎌をこちらに投げた―
神立は、飛び出した空中で鎌を掴み、それを放った。
嵐を告げる雷光が、音を置き去りにするように迅く。