Stormcloud-35
「血は争えない、とでも言うべきでしょうね」
哥は嘲笑した。
「お前とは半分も同じ血が流れてはいない。妾腹にも劣る、卑しい乞食の娘が!」
春雲は熱(いき)り立った。握った拳は振るえ、この男のことをこれ以上、哥だと思うことは出来なかった。
「とは言え、正直言って、春雲よ。私が幸いに思うのはそこだ。」
猫なで声で語りかけながら、香雲はするすると春雲に詰め寄った。
「お前が妾腹で無いお陰で、ことはずっと容易くなる。お前は美しいし、どういうわけか頭も良い…」
「容易くなる?何を言ってるのです?!」
顎をつかんだ手をためらい無く振り払って、春雲は聞いた。
「度重なる近親婚のせいで、妾から生まれてきた兄弟はみな出来そこ無いばかりだ…」
香雲の手が春雲の腰に伸び、無理やりに引き寄せた。
「しかしお前は違う。我らの子も、王位を継ぐにふさわしい―」
春雲は最後まで聞かずに、香雲の横っ面をひっぱたいた。
「この…けだもの!」
身体の大きい香雲はそれを笑い飛ばした。
「少しくらい生きがいい方が、床での愉しみも増すと言うものよ!」
「わらわは兄上のものになどなりませぬ1放して!わらわは神立のところへ行く!」
「神立?ああ、あの薄汚い狗族の小僧か。あいつが何だというのだ?」
―キスって、ものはさ…本当に愛する人とするべきなんだ…
「わらわが愛している…たった一人の男です!」
彼は乱暴に春雲を担ぎ上げ、寝台に押し倒した。
「放して!」
「この戦乱を眼下に望み、この混乱の最中に新たな血統を紡ぎだしてやる!」
春雲はもがきながら、心の中で神立に手を伸ばした。
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神立と颱は、龍宮に向って走っていた。衛兵に連れて行かれる間際、
「放せ!わたしは香雲にはめられたんだ、あいつにはめられただけなんだ!」
と喚いていたからである。
「私は、香雲と水鏡の中の…あいつの声に従っただけだ!」
もう逃げおおせていてくれ。どこか遠くの安全な場所にいてくれ。そう願いながらも、神立の心臓は早鐘のように打っていた。
その時、心の中で、声がした。ふと龍宮の最上階を見上げると、何者かが大声で叫んでいる。