Stormcloud-19
「澱みは、現在の世に現れた、我ら神族の救世主なのだ!狗族や地上の神族どもは、それを理解せず、ただ闇雲に澱みを滅ぼそうとしている!しかし彼らこそ!神族の未来を切り開く存在に他ならない!」
水を打ったように静まり返った広場に並ぶのは、どれも圧倒されたという表情ばかり。寒雲は穏やかに、王に向って語りかけた。
「…狗族の行っていることは、不毛な殺戮に他ならないといわざるを得ない」
「そんな馬鹿な―」
「黙れ!」
香雲は口を開きかけた颱の真横に雷を落とした。
「我らを落としいれようとて、そうはいかぬぞ!龍族の英知の程を見誤るほど墜ちたか、犬!」
そして、再び水鏡を示した。
皆は息を呑んだ。まさに、戦支度を整えた何百という狗族たちが、外門に向ってやってくる所が映し出されていた。
「そんな…」
呪いや怒りの言葉を吐くものは少なかった。皆青ざめ、この裏切りに言葉すら失っていた。
「彼らはあなた方を助けようとしているんだ!澱みがもうすぐ、この都に攻めてくる!」
香雲は颱に向って、辛辣な声で言い放った。
「いけしゃあしゃあと、よくも見え透いた嘘を!狗族がわが都に攻めてくることを見越した私が、先んじて援軍を恃(たの)んだのだ!」
そして、不安におののく聴衆に向って、香雲が朗らかな、あの人を安心させる声で言った。
「龍たちよ。新たな友は間もなく到着し、今後も、我らを助けてくれるでありましょうぞ!」
王は、その言葉にすがるように、我知らず香雲のほうへ老いた手を差し伸べた。
「香雲やそれは…それは真か?」
舞うように軽やかに、香雲は振り向き、言った。
「ええ、父上。もう大丈夫です…」
そして、飛び切りの笑顔で、老いた龍たちに微笑みかけ、誰もが聞きたかった言葉を聞かせてやったのだ。
「龍の将来は安泰ですよ」
これで、協議は幕を閉じた。颱は抵抗する気力も無く衛兵に連れて行かれ、春雲はその様子を呆然と、そして絶望の内に見ていた。
彼女は、哥が嘘をついていることを知っていた。香雲哥さんまで寒雲に誑(たぶらか)されてしまったのか?澱みの事はほとんど知らないけれど、哥が言うようにいいものであるとは思えなかった。先行きが見えず、それでも状況を打開したい一身で、春雲は考え続けた。
やがて広間に誰も居なくなるまで、彼女はそうしていた。