月夜×殺人犯×二人きり-5
男の体は朱に染められていた。
明らかに血である液体は、男のものではない。
体に痛みはない。敢えて言うならば床に打ちつけた腰が痛い位である。
では誰の血なのか、それは簡単だった。
包丁を奪う為暴れ、絡み合った女の体からは赤い液体が止め処なく溢れていた。
女は床に伏せったまま、呻き声を上げ続けている。
女を刺した包丁は、今もなお血液を滴り落としながら男の手に握られていた。
「あぁああああ!」
男は叫んだ。
ただ叫びながらその光景を見つめる事しか出来なかった。
水溜まりのように血が溜まる頃には、女はピクリとも動きはしなかった。
逃げなければ!
女を見つめながら男は咄嗟にそう浮かぶも、女の返り血で赤く濡れた体に、震えたまま力が抜けず手から離れぬ包丁。
この姿で外に出れば通報してくれと言っているようなものだ。
ピンポーン
ピンポーン
男の肩がビクリと揺れる。
来訪者を告げる音が、男には死神の足音に聞こえた。
震える体を叱咤しながら男は出口を探す。裏戸が見え、扉を開くと目に飛び込んだ光景は公園だった。
家の裏手に公園があることなど勿論知らない男は、慌てて隠れる場所はないかと辺りを見渡す。
広い庭の茂った芝生。不自然に地面に出来た鉄製の扉が男の視界に入った。
『お金持ちの人達の間でね、シェルターっていうのを作るのが流行ってるんですって。うちには縁のない代物よね』
母親の言葉が頭に浮かんだ。男は勿論持っていないが使い道は知っている。
重い扉を開ける。ひんやりとした空気が頬を掠める。陽の当たらない地下は低温が保たれていた。
中は暗い、広さは大人一人が寝れれば良い位であったが、男にはそれで丁度良かった。
男はただジッと、一寸も動かずただ震える体を丸めながら荒く呼吸をするだけだった。
そして、時は二度日付を越えた。
―――――
サイレンの音が時折通り過ぎる。その度に男の肩が激しく揺れた。
男はもう限界だった。
二日間、水すらも口にしてはいない。睡魔が襲ってくることはなく一睡もしていない。
何よりも極度の緊張状態が続いている所為か、体力はとっくに枯渇していた。
「……夜か」
入り口から漏れる陽の光はとうに消えていて。変わりにゾクリと背筋を凍らす冷え込んだ空気が、夜の到来を告げている。
二日経った今、少なくとも警察が来た気配はない。
僅かに体勢を変えようとするだけで、くらりと眩暈が襲う。