月夜×殺人犯×二人きり-6
「もう……無理だ」
男は自身の限界を感じ、外へと出る意志を固めた。
ガタッ
重い扉を慎重に開けるも音が響く。街灯の光ですら眩しく感じながら恐る恐る顔を出すと、周囲は深夜の静寂に包まれていた。
男の視線は、二日前に飛び出した家から動かない。
一刻も早くこの場から逃げたいと思う反面、自分は悪い夢でも見ていたのではないか、と錯覚してしまう程の静けさ。
男は震える手でドアノブに触れた。「確認」するために。
裏戸は鍵が解かれたままで、そのまま扉は開いた。
人の気配は全く無い。
罠ではないのか、疲労した頭では上手く考えも回らなかった。
足音を殺す。
ヒタリ、ヒタリと壁に空いた手を這わせながら進む男の手に、硬いものが当る。
「………み、ず」
花瓶に生けられた花達。
美しく咲き乱れる花になど目も繰れず、男は水を求めた。無造作に投げられた花は無残に床へと散った。
「……はぁ」
喉の渇きが満たされて、男はそこで初めて周りの状況を把握する余裕が出来た。
女の死体が見える。
女は未だ床に伏せり、永遠に目覚めることのない眠りについている。
目の覚めるような鮮血がどす黒いものへと変化し、独特の臭いが男の鼻についた。
「現実なんだ……よな」
改めて自分の犯した罪である女を見下ろしていると、満月が雲の隙間から顔を出し、部屋を照らした。
月明かりが二つの薄い影を作り出した。
死者と生者ではない。
生者二人の影を。
其処には、少女がいた。
漆黒の髪、大きな瞳、整った顔立ちはまるで人形のような少女。男はゴクリと息を飲んだ。先程潤した喉がもう乾いている、そんな気がした。
少女の腕が動く。
白磁器のように滑らかで白い腕が上がる。
機械のように精密な動き。
一挙一動に目が離すことが出来ない。
満月の夜、死体と一緒。男がこんな状況でなければ、ずっと見ていたい位にとても儚く幻想的な光景だった。
「貴男が殺したの?」
か細い声が聞こえた。少女の細く長い指が指したのは、床に伏せりもう動くことのない女だった。
男は否定も肯定もしなかった。代わりに未だ握られた包丁と血塗れた服が、肯定の返事だった。
「そう」
少女が男の様子を見て呟く。現状を把握したような声色が男を現実に戻した。
この少女は、一体誰なのか。何故此処にいるのか。何時からいたのか。
男は少女の正体を探るも、候補は一つしかなかった。
あの時、冷静だった女が唯一取り乱した理由。
この家には「子供」がいた。