飃の啼く…第24章-24
「生命を作り出すことの美しさについて、あれに語ったのは、私なのです。本当は…わたしはあれを説得するつもりだったのですが…あなたの母上に教えていただいたことを…しかし、あれは間違った方向に進んでしまった…しかし…」
彼女は遠くを見つめて、幽かな憤りと失望をこめた口調で続けた。
「かたや澱みの首領、かたや狗族の虜囚―しかし、私のほうがよほど満たされている。そう思いませんか」
私は、ただうなずいて、言った。
「貴方の、名前は…?」
彼女は少し驚いたような顔をして私を見た。そして、
「私は、無(なかれ)―。記憶にとどめて、下さいますか?」
「約束するよ、無…!」
無は私の手を握り返し、飃に一度視線を送ってからとても安らかに、目を閉じた。
飃は静かに雨垂を取り、とても優しく、口付けのように軽く、彼女の核をそっとついた。
「約束、する―」
私の涙は、彼女の体を通り抜けて、自分の足にぽとりと落ちた。
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その混乱の後、白衣の狗族たちは絶望に駆られて事態の収拾にあたった。
「あれ―」
その時、一人が、小さな異変に気付いたのだ。
「どうした?」
疲れきった表情で、傍らに痛もう一人が言った。
「無いんだ…もうひとつ、ここに入っていたはずだったんだが…」
彼はそう言って、もう一度まじまじと、小さな箱の中を覗きこんだ。その箱には冷気が満ちていて、中には氷漬けにされた無の体の一部が並んでいた。狗族は肩をすくめてため息をついた。
「放っておけ。たった一つサンプルがなくなっただけだろ」
「でも澱みが暴れだす前までは確かに―」
「どの道」
不安げな彼にもう一人が言った。
「今度の戦いが終ったら、青嵐会ごとなくなっちまうんだ。どうでもいい問題だと思わんか?」
不安げな表情だった狗族は、肩を落として頷いた。