飃の啼く…第24章-23
「どうして、みんな幸せになれないの!?どうして、今あるもので満足できないの?澱みは生を欲しがって、狗族は力を欲しがって…どうして…どうして…」
息が続かなくなって、私の言葉は途切れた。
「それだけ、素晴らしいものなのですよ…」
「でも、それで死んじゃったら、意味が無いじゃない!」
聞き分けの無い子供みたいだ。自分で、もうわかってるくせに。命をかけるに値する、かけがえの無いものがあるのだということを。生きたという証、その終止符。守るための力、その犠牲。いっぺんに押し寄せてきて、私は膝をついた。
「わかっているのでしょう、八条さくら…」
わたしはうなずいた。
―べりべりべり、と、唐突に、ものすごい音がした。乾きかけた血の海から体を起こす音―止めを刺しきれていなかった実験体が、私の、目の前に立ち上がった。
「あぶな―」
それからの一瞬は、ストップモーションのように感じた。
小さな彼女は、私を突き飛ばし―
実験体は、真っ直ぐに伸ばした指を闇雲に突き出し―
飃の雨垂が実験体の首をはね―
ゴロンという音が先に、どさりと言う音が後に聞こえた。呆然と立ちすくむ私は、彼女が、腹に大きな穴をあけて倒れむのをほぼ本能的に支えた。
「何で、何で―」
口にするまでも無いことだったのに、心だけが状況を飲み込めていなかった。飃が傍らに膝をつき、痙攣してるみたいにがたがた震える私の肩を抱いた。
「ああ」
彼女は、苦しさなど微塵も感じさせない、深いため息をついた。大きな穴から見える、彼女の核は壊れている。近くに居る狗族の生気を吸えば、元に戻るかもしれない。でも、彼女がどうしてそれを望むだろう。彼女はもう一度、満足げにため息をついた。
「満足です―望んだ以上の、死に方です」
彼女は閉じた目を、うっすらと開けた。
「どんな本にも、こんなに気持ちのいい死に方は書いていなかった」
私は言葉が見つからず、小さな身体を、そっと抱いていた。
「聞いても、いいでしょうか?」
わたしはうなずいた。
「澱みという名前をつけたのは、一体、誰なのです?」
「黷、という…澱みの首魁だ」
答えられない私に代わって、飃が答えた。彼女はそうだと思った、というようにうなずいた。
「あれも、随分惜しげの無い名をつけたものだ…八条さくら、私の懺悔を聞いてください」
彼女は、抑えようとしても言葉に混じる吐息を飲み込んで、言った。