Stargazers-15
「その…」
前かがみになったキャミソールの胸元からはなだらかな曲線が……カジマヤは勝手に泳ぎまくる目を閉じて、ちょっと自分を落ち着かせた。
「貴方は何者?」
「俺は…」
自分の名前もわかっていないのに、他人の名前や正体(この場合、本性と言うのが正しいのかもしれない)を気にするのか、とカジマヤは思った。さくらみたいだな。
「言えないの?」
ふっと彼女が身を引いた。おかげで、ほっとして深く息を吸ってしまい、結果彼女の残り香を思う存分吸い込む結果になってしまった。カジマヤは再び目を閉じて、思春期の少年が抱える悩ましい性を何とか押さえつけようとした。胡坐をかいた足を不自然に曲げ、胡坐のような、そうでないような姿勢で座りなおす。
「言えないことはないけど…」
「秘密ってわけ?」
カジマヤはふと、あの日海から拾い上げた絵本のことを思った。知らない人だらけの、いや、見たことも聞いたことも無いような生き物が溢れる不思議な世界に迷い込んで、出会うたびにその者の名前を尋ねて歩かなければならなかった、小さな少女の物語を。
「アリス」
「え?」
そう。あの絵本の少女も、こんな目をしていた。海を閉じ込めた、不思議な不思議な瞳を。その目から流れた涙が、海を創った。
「名前がないと不便だって言ったろ?ほら…どうせ医者に行けば名前なんてすぐに思い出すだろうけどさ…今のところは、“アリス”でいいだろ?」
そして、にこっと笑った。つられて少女も楽しそうに微笑んだ。カジマヤは立ち上がって、アリスに手を差し出した。
「じゃあ貴方は何?白兎、それともチェシャ猫?」
その手を取って立ち上がった少女を抱きかかえ、カジマヤは風を呼んだ。
「俺は…」
しがみ付く腕の優しい弾力を感じながら、カジマヤは空と海の青が支配する世界へと飛び出した。
「カジマヤ(風車)だよ!」
初めての飛行体験に、アリスが魅了されたのは言うまでもなかった。実際、誰もいない浜辺に降り立った彼女は、裸足のまま10メートルほど跳ね回り、カジマヤは自分が彼女の気を触れさせてしまったのだと心配したほどだ。
「貴方、本当に何者?」
カジマヤは、嘘をついたり、ごまかしたりしたい気分ではなかった。この少女は何と無く…自分の気に入ったのだ。シンプルに。そして、できることなら友達になりたいと思った。だから、狗族という種族がいること、そして、狗族には風を操る力があるということを、簡潔に話して聞かせた。彼女が本当の意味で納得するのはまだ先のことになるだろうが、別段急ぎたい気分でもなかった。