飃の啼く…第23章-4
「私は今から、これをつれて村へ戻ります。青嵐から、さくら殿と飃に使命を預かっています」
これってなんだよ、とぶつくさ言う大和さんを、イナサさんがこなれた様子で流した。私は澱みの言ったことを思い出して、思わず自分の手をギュッと握り締めて話した。
「イナサさん…今、澱みが私に言ったんです…」
避けられない時がきたのだ。遂に。
「宣戦布告です…イナサさん。戦の備えは半月の内に済ませろって…あいつ…!」
背の高いイナサさんは、私をやすやすと胸の中に抱きしめて、低い声で言った。
「覚悟していたことです、さくら殿」
「あいつ…根絶やしにしてやるって言った…人間を奴隷にして、妖怪や神々の骸も残さないって…!」
私の身体がぶるぶると震えていたのは、悲しみよりも怒りのせいだろう。いつも険しい表情のイナサさんの、優しい香りは私を少しだけ落ち着かせた。
「その言葉は青嵐にも届いています。七長や、おそらく他の神族にも。だからこそ勝機はある。澱みは全てを敵に回したのだから」
私を抱く腕に一瞬の力をこめて、イナサさんは離れた。持っていたヘルメットを片手で器用にかぶると、
「またお会いしましょう、さくら殿、飃」
そう言って、先に踵を返してバイクのほうへ向かった大和さんの後を追った。主の帰りを待ちわびていたかのように、古いアメリカンバイクが深く唸る。大和さんが小さく手を振って、ガラス戸にあいた大きな穴をくぐって雨の中に消えていった。
「…どうしようね、これ」
あらためて、あたりの惨状に目をやる。ガラス戸やら、商品の弁償っていくらかかるんだろ。目の前に突きつけられた2週間という時間よりも、今目の前にある弁償とか、そういう問題に頭が行く。現実逃避というより…たぶんまだ頭が事実を受け入れられないのだ。
「放っておけばいい。そういう話は青嵐会に行く。」
「青嵐ってったって…壊したのは飃でしょ?会に所属してもないのに、そこまで面倒見てくれるんだ」
感心する私に呆れたんだか、なんなんだか。
「青嵐会は、お前が思っている以上に強大な組織で、人間界にも深く食い込んでいるんだ…見えないところで」
ふーん、と、私は気のない返事をした。
「結界が張られていたからな…少し荒っぽい手に出るしかなかった。仕方あるまい」
少し荒っぽい?あちこちに散らばるガラスの破片。床に転がる野菜やら果物。私の制服は飃が破壊した酒瓶の中身を吸い込んでサイケデリックな色に染め上げられてしまっている。
不安げに見渡す店内には、人の姿はない。気を失った女性は、また回復するだろう。あの澱みは、魂を奪って行きはしなかったようだ。とは言え、生気のほうはかなり奪われていたから、回復には時間はかかるだろう。
ああ、とうとう澱みは、人間に危害を加え始め、それを私たちに知らせたがっている。冷たい実感が氷のように背筋を駆け下りる。