飃の啼く…第23章-15
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「これは…一体…。」
照善は、今見ているものが、感光フィルムのように自分の記憶に焼きついてゆくのを感じた。あの化け物と、少女、武器を持った男達と、そしてあの光。
「あれが、深山さんの力…いや、さくらの力かもしれない。」
傍らに立つ茜が、その光景を見ながら言った。
「要は“穢れ”の逆ね…幸せなことを思うと、人間の体の中にはいい“気”が溜まる。それをエネルギーにして澱みにぶつければひとたまりもない…なるほど、青嵐会が欲しがるわけよね…。」
「ワシは…この光景は…信じられん…。」
照善が呆然とした面持ちで言った。
「でも、これが現実です。和尚さん。いい意味でも、悪い意味でもね。」
恐怖が姿を現した。澱みの行動は素早く、不意を撃たれた人間たちには抵抗する術もないだろう。だが、その一方で、澱みに対抗しうる存在がある。例え一握りでも、ゼロではない。
地面にうずくまる人影が、徐々に実態を取り戻してゆく。
「ママぁっ!」
茜と照善の横をすり抜けて、小さな子供が母親の元へ駆けていった。続いて、数人が恐る恐る外へと出る。
「あなたも、一緒に来る?」
歩き出した茜の後を、彼は追いかけたのか、一歩を踏み出したのか…彼女は知らない。涙を流して抱き合う人々の中で、真っ直ぐに彼女を見ている風炎が居た。不安というにはいささか気の強い、茜の確信が安堵に変わる。
「さくらは?」
「飃がつれて帰ってしまった。かすり傷を負ったようだったから。」
らしい行動に、茜が噴出す。多分、さくらは抵抗したんだろう。大丈夫だからと言って。でも、そんな説得に応じるほど、彼は素直な男じゃないはずだ。なにしろ、茜の目にも留まらない狗族のスピードで連れ帰ったとあっては…治療は多分、口実だろう。
「後のことはあの男に任せよう。程なく青嵐の使いがやってきて、彼を保護するだろう。」
「置いていって平気かしら?」
あまり見慣れない表情が、風炎の顔をよぎった。他人のために喜ぶ時の、なんとも言えない美しい表情だ。
「ああ…彼、いや、彼らには、この時を味わう必要がある。」
堅く抱き合う人々を、穏やかに見つめる覚義の姿があった。
「人間の持つ言葉の力は凄いと、いつも思う。特にきみと居る時には。」
覚義を見ていた茜の背後で、風炎が言った。茜は振り返らずに肩をすくめる。
「言いたいことを言ってるだけだもの。あたし、短気だから。」
すくめた肩に手を置いて、風炎が茜を引き寄せた。雄弁な茜が黙り込む。耳が赤くなって、風炎はそんな彼女を愛おしく思った。
「帰ろう、茜。」