飃の啼く…第23章-13
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覚義は目を開けた。
彼が見たのは、英澤茜の記憶、そして、記憶を満たす感情の色。目を閉じて彼女の記憶に入り込む前に抱いていた予想が、確信になったところで彼は記憶から身を引いた。それは、彼女の記憶を見たら、引き受けてしまうことになるだろうと言う確信だった。
深山覚義には、その者が持っている気の色が見えた。超能力ではないし、霊感とも違う。ただ、彼はそういうことが出来る種族なのだ。だから、どういう風に見えるのかを言葉で説明することもできない。犬に向かって犬の目に花はどう見えるのかと聞くようなものだ。「花は花のように見える」と答えるしかない。覚義にとって、気は気として見えている。時にはその気の奥に入り込んで、記憶を見たりすることも出来る。
茜が持っている気の色は、黒に近い褐色。かつてはもっと黒に近かった。彼も知る所となったある事を切っ掛けに、彼女の着の色は彩度を増してゆく。黒から褐色へ…そして、鮮やかな茜へと。
茜の気の色を変えた、八条さくらという子供になら…別の闇を色付けすることも出来るだろうか。
「引き受ける代わりに…頼みがある。」
一瞬遅れて茜が目を開けた。
「そうこなくっちゃ。」
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「こっちのほうが性質が悪いな。」
風炎が言った。言葉を持たない澱みの嘲笑は、絶え間なく続いて神経を逆なでする。
―ごぼごぼごぼ…
「何か手が…」
―ごぼごぼ…
一端距離を置いて、その全身を見る。重なり合う球体は地面に行くほど形が崩れて、ほとんど解けてるといってもいい。
―ごぼごぼ…
あの体の奥に、少なくとも三つ以上の魂が囚われている。同時に攻撃しても結局は…
―ごぼっ。
「さくら!伏せろ!!」
球体から、いっせいに棘が飛び出した。
「わぁああ!」
地面に伏せた1秒後、左腕と右のふくらはぎにじわりと痛みを感じた。
「こんのぉ〜…!」
「怪我は?!」
食いしばった歯の隙間から、飃に答える。
「何のこれしき!」
動きがほとんどない代わりに、体中からミサイルのように針を飛ばすことが出来るということだ…これではうかつに近づけないし、近づけたとしても人質が居る…。本当に、性質が悪い。
「八条とやら!」
引き戸の開く音と同時に、深山氏の声がした。伏せた体を起こして振り向くと、彼がずんずんこちらへやってくる所だった。視線を澱みに戻すと、二波目の棘を、今度は堂々と発射準備している。