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飃(つむじ)の啼く……
【ファンタジー 官能小説】

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The kiss and the light-9

「ありがとうございましたー」

覇気の無いバイトの挨拶が聞こえてくる。あんなふうに出てきたことに少し後悔を覚えて、せめてもう少しだけ話を聞いてやろうと戻ることにした。そうだ、結婚するかというところまでいった子があんな殺され方をしたら、取り乱すのは当然だ。そういえば、冷蔵庫に一つも野菜が入ってなかった。不養生なことこの上ない。灰皿に煙草を捨て、一度店内に戻ってからスーパーに比べて割高な野菜を、掻っ攫うように籠に入れて会計をした。なんだかんだ言って、あいつのことを気にかけているんじゃないか。まぁ、パートナーなんだから当然か。彼女は、自分の生活に立ち入られるのを極度に嫌うくせに、人にはおせっかいを焼くタイプの人間だった。こんな性格だから、職場で上司に“お袋”と呼ばれるようになるんだ、と半ば自分にイラつき、ひとりごちた。

彼女は、それ自体が誘蛾灯のような眩しいコンビニを後にして、飆の家への道を歩き始めた。

ひと気の無い公園を過ぎる。子供だましのような、ブランコと砂場があるだけの小さな公園だ。一本だけ立った外灯が、白いぼんやりした光を弱弱しく投げかけていた。

「おじょうさん」

誰かに呼び止められた気がして、中谷は足を止めた。公園には人影は無い。

「お嬢さん」

まただ。声だけは奇妙にはっきりと聞こえているのに、姿はどこにも見えない。

「どうかしましたか?」

公園の暗がりに目を凝らし、警官らしい口調で尋ねる。しかし答えは返ってこない。中谷はその場に立ったまま辺りを見回した。影と光が交錯する公園の中…公園と道を挟んだ反対側にある団地の自転車置き場…今歩いてきたひと気の無い道…そして再び正面

「月のよるは好きかい?」

目の前に立ちふさがる男。

「な―?」

中谷は驚いて、反射的に後ずさった。男の表情、顔、捉えようとしたけれど、まるで液体のようにつかみどころが無い。暗がりの中で、その男の顔は様々に形を変えた。

「あ、あたしに…何か用?」

「つきのよるはすきかい」

液体のような男の顔が溶けるように鼻からずるりと歪んだ。代わりに側頭部がつりあがって角のように伸び、ヤギのような顔を形作った。目の形はほとんど90度回転し、鼻は潰れて、口は不気味に笑っていた。

「嘘…でしょ…」

「つ き のよる は す きかい。ほんとだよ。つき のよ るは す きか い」

嘘、嘘、嘘!

中谷は指を噛んで悲鳴を堪えた。本能は逃げろと叫んでいたけれど、足が言うことをきかない。下手に動けば、その場にしりもちをついてしまう。呼吸が浅く、短くなる。目の前のヤギが音もなく近づいてきて、その不気味な目で中谷の身体を嘗め回すように見た。その手が彼女の頬に触れた時、そこにはびっしりと剛毛が生えていた。

―嫌…!

中谷は体を震わせたが、声も逃げる気力も出てこない。その内にもう片方の手が彼女の腰に回って、尻をつかんだ。生暖かい息が首筋にかかり、おぞましい舌がねぶるように首の辺りを嘗めた。


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