The kiss and the light-30
「もちろん、君は車の中にいて良いよ。」
彼女に言えたのは、それだけだった。
「貴女は、死んだものが復讐を願うなどという話は、残された者が、憎悪を正当化するだけの道具なんだと、仰いましたね。」
「ええ…」
「でも、こう思うことは出来ませんか…遺された者こそが、死んだものの憎悪を宿す、復讐の道具なのだと」
「あの子は、こんな思いを貴女にさせてまで、復讐することを望んだのかしら」
自分でも卑怯な言葉だと思う。死んだ者に意思は無いと言っておきながら、こんな風に死者を利用している。
「望みました」
めぐりは断固とした声で言った。迷いのない、真っ直ぐな声で。
「彼女の心は望まなかったかもしれません、あるいは。しかし、無残に摘まれた彼女の命が、脈々と受け継がれる命の流れがそれを望んだのです。川を堰き止めようとすれば水が溢れるように、続いていくはずだった命の流れをせき止めたことで溢れた力が、あたしを洗礼したのです」
「命の、流れ…?」
めぐりの震えは少しずつ収まっていった。夜が近づく。ちょうど頭上の空が黄昏と宵を混ぜた不思議な色に染まっている。今、この空の下は夜にまたがれようとしているのだ。
「狗族にも、まして人間にも感じ取ることの出来ないものです。“猫は常世と繋がっている”という言い伝えがありますが、それは猫だけが、その命の流れを見ることが出来る故なのかも知れませんね」
そして、彼は中谷をじっと見た。瞳孔が開いた彼の瞳は夜を受け入れていた。
「貴女の命の流れはとても力強い。そして清らかですね。飆の旦那の流れと、少し似ていますが、彼のはとても荒れ狂っている。そして、そのせいで濁ってしまっているんです」
そして、彼は何故か諦めたようにため息をつき、唐突に言った。
「私も参ります」
その言葉が聞こえたのか聞こえなかったのか、中谷は姿勢をただした。緊張が、彼女の身体を固くする。
「見て!」
近づくものを威嚇するほど厳重にドアを守っていた、大きな鍵と、そして狂った絵が跡形も無く消えていた。倉庫の薄汚れた窓から、確かに明かりが漏れている。