The kiss and the light-27
―生きているこの手は 今は温かくしかと物を掴みとれるが、もしも冷たくなり
奥津城の氷の閉ざす静寂に入れば、そなたの日々に顕ち現れ そなたの夢見る夜々を寒からせよう
ためにおのが心の臓の乾涸び血の気の失せばなと希う程に、
こなたの血脈に紅き生の蘇り流れるよう
そして 疚しきそなたの心が鎮められ
安らぐようにと―
さ、御覧あれ―その手を差しのべているのだ。
しかし、この乱雑さこそが、計算されたものであるような気がして、中谷は何にも手を触れはしなかった。それを証明するように詩の群れは、見えない力に引っ張られてでも居るように、一箇所を指し示して歪んで並んでいた。ブラックホールに飲み込まれるイメージで、徐々に文字同士が絡み合い、意味を成さない語の羅列になっていく。
―星たちがその槍を投げ下ろし、
その涙で天をぬらしたとき
彼はおのれの作品を見て微笑したか―
「この匂い…」
次第に濃厚になっていく金気臭い、生臭い匂いは、紛れもなく血の匂いだった。それなのに、部屋に立ち込める別の香りが、その血と調和して、何ともいえない効果を生み出していた。まるで、まるで攻撃的な匂いだ。本能を突き動かして殺戮へと駆り立てるような、そしてその衝動の向う先が、部屋の最奥の祭壇に祭られていた
―嗚呼、死よ、死よ、
お前は解決にはならない!
蝙蝠は蝙蝠でなければならない。
生命だけが出口を持つ。
そして、人間の魂は、この世において
かっと目を開いて責任をもつように運命づけられている―
一番奥の壁に貼り付けられた、何枚もの、何枚もの写真、肖像画、新聞記事、覚書…朽ちかけた鱗のように、幾重にも重なり合ってそこにあった。そこに写るのは、どれも同じ男の顔。写真の粒子は粗く、肖像画はとても抽象的なのに、どれも同じ男を表わしていることがわかった。同じ男を指ししめしているのだと。
そして、ぼんやりとした像からは、洞窟の中の闇に潜む恐怖のように絶対的な存在感で、得体の知れぬ悪が中谷を見返していた。
そして、その感覚に、彼女は覚えがあった。