The kiss and the light-17
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痛いほど胸がうっていた。中谷は、少なくとも飆の言いつけを守った。何があってもドアを開けなかったのだから。しかし、あれは眠りだったのだろうか。眠りなどではないと思いたかった。でなければ、起きるまでの間ずっと、狂ったように「Forgive me」とうなされ続けたあの1時間は彼にとって拷問だ。どれほど彼を悪夢から引き剥がし、嘘でもいいから「許す」と告げてあげたかったか…しかし中谷は言いつけを守った。自分の中に巣食う悪夢というものは、どんな嘘も見抜いてしまうから。まやかしの許しや、その場しのぎの気休めなど、悪夢を更に肥え太らせるだけだ。
中谷は、ドアの前に立って呼びかけた。
「ビール、飲む?」
長い長い沈黙の後、
「ああ」
短い返事が返ってきた。
シンプルな木の机の上に、小さな白熱電球の灯りが一つ。その穏やかな明かりの中で、動くものはビールの気泡だけだった。
「菊池美桜って子…ただの知り合いじゃ、無かったんでしょ」
「ああ」
真上から照らす光りが彼の顔に影を落とす。目にかかる髪が表情を覆う。
「守らなければならなかった。一番守らなければならなかった人間だった…」
「それは、あんたの義務だったの?」
飆は顔を上げた。少し怒ったような目だったが、すぐに目を落とした。
「いや…」
明瞭な答えではなかったが、それ以上の言葉は出てこなかった。
「今回あたしを狙ってるのは…その、昨日の奴みたいな化け物?」
「いいや。奴は人間だ…基本的には。ただ、魔術の心得がある。俺よりずっと巧いってだけだ」
そして、俯いたまま、抑揚の無い声で呟いた。
「なあ、人を…救ったことはあるか?」
あまりに唐突に聞かれたので、中谷は思わず聞き返した。本当は一字一句聞き違えずに聞いていたのだが。
「え?」
「人の命、精神、なんでもいい。救えた事があるか?」
「…あるよ。そうでなきゃこんな仕事やってられない」
「…羨ましいな」
そして、いつの間にか自分を見ていた男の視線に一瞬捕らえられ…また逃れた。
「…あんただって、救ったんでしょ。あの書類に書いてあった」
彼は自嘲的に笑った。