The kiss and the light-16
「まぁ、ようは慣れです」
めぐりが勇気付けるように言って、伸びをした。何と無く間延びした沈黙が降りる。
依然夜の歩みは遅く、先ほど遠くのビルの上に差し掛かった月が、今ようやくそのビルを乗り越えたところだった。
中谷は目の前に広がる書類の海に疲れ、顔をあげて窓の外を見た。空は、すっかり夜の闇に染まっている。
―うぅ…
声がして、反射的に身を強張らせる。
一秒後、それが自分の部屋で眠る飆の声だと言うことに思い至った。
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― 、 、 。
夢とは
足音と、動かない足。
自分の足は、地面に開いた、何の変哲もない丸い穴に食われてしまって、動くことが出来ない。足音は近づいてくるのに、匂いも、身体が風を切る音もない。なめした革のような質感を持つ黒い天井は、足音が近づくにつれて自分の立っている所へ降りてくる。
― 、 、 、 。
足音が、自分の周りを歩き回っている。歩調が緩まり、こちらを観察しているのがわかった。しかし、足音のリズムが重く、確実に響いてくる。
天井が迫る。
足音が重みを増す。
急かされているような、追い詰められているような不快感。心は走りたいのに、身体が動かない。
また まに あわな か ったの
足音の一つ一つが、電流に変わって頭に打ち込まれる。眼球が震え、ものを正しく見ることが出来ない。
天井に押しつぶされる前に、足元の穴が大きく開き、そして深淵に、おちてゆく。
「っ!」
落下する夢を見るときに味わうあの感覚で場面が変わった。両手が震えている。触ると風邪でもひいたみたいに熱い。黒い靄のかかっていた視界が徐々に晴れ、ようやく目が覚めたことに気がついた。
睡眠を必要とするこの身体が恨めしい。精神はむしろ、睡眠するときに一番疲弊する。侵入され、暴かれ、蹂躙された感覚には、まるで自分が内側から食い尽くされてゆくような気すらする。そして、純粋な恐怖。
いつか、この夢が癒える日が来るのだろうか。夢など見なくとも、眠れるようになる日が来るのか…それとも、そんな日は訪れない事を知る日が来るのだろうか。