The kiss and the light-15
「眠れませんか?」
危うく声を上げそうになってしまう。どういう仕掛けなのか…とにかく喋る猫が話しかけてきた。この猫に会ったのは、中谷の目が覚めてから少し経ったくらいの頃だ。今までただの飼い猫だと思っていたものが、二人に向って口をきいたのだ。
「あ、うん…。」
小さい頃は、動物の言葉がわかればいいと思ったこともあったが、実際に動物と会話するのは奇妙な感じだった。多分、自分が動物の言葉を理解しているのではなく、動物が人間の言葉を理解しているがゆえに不気味に思えるのだ。
「初めてのことばかりで、中々飲み込めないでしょう?」
猫は言った。彼は飲み込めないものの中でもかなり大きな割合を占めているのだが。窓辺にしゃがむ中谷の傍へ音を立てずに近寄って、ごろりと寝そべる。まるで普通の猫みたいに。
「うん…」
めぐりは尻尾をパタパタさせながら中谷を見上げていた。
「あの人は…飆は、一体何者?」
「彼は青嵐会に所属する、たった一人の、異国の風を知る者です」
中谷は我知らず眉を上げて猫を見た。この小さな猫でさえ青嵐会の何たるかを知っている。おまけに何だか詩的だ。自分が間違った世界へ迷い込んでしまったような気がした。
「あなたは青嵐会の猫?」
めぐりは意外そうに中谷を見た。
「いいえ。青嵐会に所属するのは狗族だけですから。」
それはハロゲンヒーターなので、スイッチを入れても涼しい風は吹いてきませんよ、と言うような口調だった。
「狗族?」
「国津神の一族です」
目をぱちくりさせる中谷に、彼は一から説明した。
「国津神と言うのは、日本の土地に住まう神様とか、神が零落して成った妖怪のことですよ。高天原に住む天津神と対を…まあ、詳しいことは省きましょうか」
ぱちくりしていた目が固まり始めたので、めぐりは詳細を省いて先を続けた。
「狗族っていうのは、狼、狐、狸、シーサーと狛犬の二獅子を総称した、神族の種類なんです」
「はぁ…」
「で、青嵐会は、人間と神族、妖怪の世界の境界線を守ることを目的の一つとして、千年以上昔に、狐狗族の一代目青嵐によって組織された集団なのですよ」
異論を唱えるより、とりあえず受け入れるほうが難しかった。そうなのかもしれない。ものを喋る猫が話している以上、かなり“それっぽい”話ではある。それは認めざるをえないのに、今までの人生で培われた常識がそれを拒んでいた。