The kiss and the light-13
「俺の親父も、お袋のことは愛してなかったんだ…結婚というより、契約って感じでさ。二人とも早くに死んだけど、笑いあってる姿なんか、見た事が無かったな」
「ねえ?」
少女は言った。
「痛いのかな」
この子を、戦いに引きずり込めと?
この子を、復讐の道具にしろと?
俺の親が俺に求めたように、彼女の親が彼女にさせたように?
「痛いことなんて無い、美桜」
痛いことなんて無い。お前だけでも、守ってやるから。
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その日は一日、中谷は窓に面した床の上に胡坐をかき、飆の持っている殺人鬼に関する資料に黙々と目を通した。一人で捜査に行きたい中谷と、一人で出歩くことを許さない飆との間で短く静かな口論が交わされてからは、彼女は一度も飆と口を利いていない。
飆は飆で、中谷の記した手帳の中身や、本に目を通したりした。
日差しが差し込み、中谷が床に広げる資料がそれを反射して眩しいくらいに感じられた。日の光で本を読むのは目によくないと、小さな頃は教わった。中谷は目を閉じ、少し暑いくらいの日の光が、自分の身体を温めてゆくのに任せた。まるで、熱湯消毒をされている気分だ。こうしてただ、世界に朝をもたらす光を感じるというのは悪い気分ではなかった。昨日の悪夢の後ならば、なおさら。汗をかくくらいがちょうどいい。肌がじりじりと焦げるくらいがちょうどいい。
サッシの開く音に飆が目を上げると、中谷がベランダに立っていた。何をするでもなく、ただ、そうしてしばらく立っている。
通りを行き交う車の音も、湖の底から聞こえてくるように穏やかで、中谷は何時間でもそうしていられると思った。
記憶に焼き付けられた、濃厚な闇と、あの感触。夢だと否定することができないなら、この清浄な日の光に貫かれる感覚で上書きをしたかった。大昔から、人々が救いを求めた太陽の光に。
無色透明な日の光が、赤い夕日に変わる魔法を、ほんの小さな子供の頃は信じていた。今は、光の周波が云々というつまらない理由付けによって、魔法などというものが存在しないことが証明されてしまっている。中谷は、開け放った窓から忍び寄る宵の気配に、少し身体を震わせた。しかし、もし魔法だったのだとしたら?
地平線の向こうへ沈んでゆく太陽が一日で一番美しく輝き、その光は夜の青と絶妙に混ざり合う。名前も知らない沢山の色が、見事な調和を保って空を彩る様は、本当に光の周波の気まぐれに過ぎないのだろうか。
この日6回目の、飆の押し殺した欠伸の声を聞いて、中谷はついに振り返って言った。