The kiss and the light-12
「変な夢を見たの…あんたが狼になる夢。夢魔のせいじゃないならアレは何?」
飆は声を上げて笑った。勝ち誇ったように。自分の頭がこれほど危うい状態でなければ、いまごろは新聞ごとくちゃくちゃに丸めてベランダから放り投げてやれるのに。
「夢魔を信じるくせに狼男を信じないのか?よくよくセンスがないな」
中谷は頭を抱えてうめいた。
「いらない、そんなセンス…」
ではあれは夢ではなかったのか。顔を上げると、もうすぐ夜が明けようとしているところだった。確かに、香のおかげで夢は見なかった。珍しいことというわけではないが。
「コーヒー、ある?」
「生憎、俺は紅茶派だ。」
この、スティング気取りのエセ英国人め。
その時、中谷の後ろに顔を出した朝日が放つ、最初の光が部屋を横切って金色の光を振りまいた。すこし歪(いびつ)な飆の笑顔が、ほんの少しだけ中谷の心をくすぐったのは、多分そのせいだったのだろう。
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「知ってる?」
彼女と会う日は、何故かいつも曇りの日だった。その日もやっぱり天気が悪くて、ねずみ色の空から落ちてくるのは、雨でも雪でも不思議は無かった。
「何を?」
そして、決まっていつもの公園で話をした。彼女はジャングルジムの上で、俺は彼女を見上げながら番地に座っていた。黒いダッフルコートから伸びる足は色白で、細かった。その足が、幼い子供のようにゆらゆら揺れる。
「私のパパはねえ、何も知らされずに私を作ったから、怒っていなくなっちゃったんだよ」
俺は身を硬くした。父親がわからず、その生死すら明らかになっていないということは聞いていたから、大体どういうことなのか察しは着いた。
「死ぬと分かってて子供を作る人なんていないもんねえ。だからママは無理やり術をかけてわたしを生んだんだって」
「そうか」
馬鹿みたいにそんなことしか言えなかった。何と言ってやれる?彼女は同情を求めているわけではない。俺は戦うことに慣れたし、正直それを望んでいる自分が居ることも知っているが、彼女は戦いを知らず、それを望むことも無いだろう。ひときわ強い風が吹いた。
「こっちに来て、一緒に座らないか。寒いだろ」
彼女は無言で頷き、ジャングルジムから飛び降りた。やんちゃな少女がやるように、では無く、そのまま風にさらわれていくことを望むような、そんな無謀な飛び方で。彼女は今、15歳だ。16歳の誕生日は目前だが、いきなり有無を言わせず彼女の貞操を奪うのはやはり気が進まなかった。お互いを気に入ろうが気に入るまいが、少しは知り合っておかなければ自分の気がすまなかったのだ。しかし、彼女を知れば知るほど、彼女の夫になるということがどんな意味を持つのか明らかになってしまう。
少女の小さな身体が、ためらいも無くぴったりと俺に寄り添った。