lesson9-3
〈3〉
結局週末は、二人でドライブに行くことにした。土曜日の午前十時五分前。。大学生の時からの愛車を春香の家から徒歩5分くらいの公園に止める。今はここが春香との集合場所だ。
十時きっかりに春香は息をはずませて現れた。バックミラー越しに、小走りでこちらに向かってくる春香の姿が見える。
「はぁ、はぁ…お待たせ〜。」
息を少し切らしながら、助手席に乗り込む春香。
「そんなに焦らなくても大丈夫だぞ?」
俺は笑いながら車をゆるやかに発進させる。
「だって、もうダーリンの車が止まってるのが見えたから、早く会いたい〜!て思ったんだもん。」
「そうか、ありがとな。」
嬉しくなって、左手で春香の頭をくしゃくしゃ、と撫でる。
「へへ…」
春香は嬉しそうに両手で俺の手をとって、自分の胸に抱き寄せた。服越しに、春香の柔らかな部分の息遣いが聞こえる。
その体勢を保持したまま、車は休日にしては空いている道を疾走する。空にはちぎれ雲が浮いているくらいで、今日は本当にいい天気だ。
車をそのまま走らせて、新緑がまぶしい山道に入っていく。左カーブの度に、春香が歓声をあげながら体を倒してくる。俺同様、春香も久しぶりのデートが楽しくて楽しくて仕方がないのだ。
と、春香が突然真顔になって前の方を指差した。
「あ、あんなところに公園があるみたいだよ。」
「ほんとだ、『もりのうみ公園すぐそこ』って。行ってみるか。」
「うん!」
車は脇道に入っていき、しばらく静かな森林を抜けると、少し開けた駐車場が見えてきた。と言っても、無人の公園のようで、車は一台も止まっていない。
駐車場に車をとめ、看板の案内にしたがって山道を進んでいくと、突然視界が開けてきた。目の前の光に誘われるように二人で手をつないで走っていく。
「わぁ!」
二人で思わず声をあげてしまう。そこは崖になっていて、街と海が一望できるようになっていた。
「すご〜い!あれって、春香たちの街?」
「あぁ、そうだな。あそこらへんが、ほら、あの港の近くが春香の家で、あそこのタワーの近くが、今の俺の家だな。」
「ふ〜ん…」
すると、春香は、親指と人差し指を思いっきり開いて手を前に出し、その中を片手で覗き込んだ。
「どうした?」
春香の行動の意味が分からなかった。
「うん。こうやってね、指広げたらその中に春香の家も、ダーリンの家も入るのにな、て思ったの。」
「あぁ……。」
そうか。春香は……。俺が手をぎゅっと握ると、春香は言葉をつづけた。
「あたし、本当はもっと、ずっとダーリンと一緒にいたい。前は週に二回は絶対会えたのに……キスすることも、頭なでてもらうことも、周に二回は絶対できたのに……。」
「春香……。」
「わかってるよ。ダーリンは、もう家庭教師の先生じゃないし、あたしが彼女だってみんなにはなかなか言えない。仕事してるから、忙しい。わかって、我慢するけど、やっぱり寂しい……。」
それきり春香は黙ってしまった。新緑の薫りを運ぶ風が、二人の間を通り抜ける。俺は我慢ができなくなって、春香を抱きすくめる。それを合図に春香の目から我慢していた涙がポロッとこぼれる。
「先生…じゃなくって、ダー……」
あとは言葉にならなかった。久しぶりに春香の口から、「先生」という言葉を聞いた。気持ちが高まって、思わず出てしまったのだろう。
どうしようもないけど、春香には随分寂しい想いをさせているのだ。そして、それはこれからも当分は続く。思いを巡らせながら、しばらく抱きしめ、やっと言葉を見つけた。
「春香、ありがとう。」
呟いた言葉に、俺を見つめる春香。
「ダーリン…」
「俺も、本当は春香とずっと一緒にいたいよ。でも、今はそれができないから、一緒にいられる短い時間を大切にしていくしかないんだ。」
「うん……わかってる、わかってるよ。ごめんね、強くなくって。」
「謝らなくていい。それだけ想ってくれてるってことだよ。」
「ダーリン……ねぇ。」
「ん?」
「ダーリンと、えっち……したい。」
「今すぐ?」
「うん……今すぐ。ぬくもり、感じたいの。せっかく一緒にいられる時間だから、ね?」
「わかった。じゃあ、少しだけ、場所変えようか。」
「うん……」