光の風 〈回想篇〉前編-1
それはどこよりも静かで、どこよりも穏やかな時間が流れる場所だった。
かつてカルサが封縛された時、まるで祈るようにその身を捧げた場所がそこだった。そこには今は違う人が眠っている。
あの時とは違う、時が止まってしまった人が眠っていた。
カルサを迎えたのは、あの時と同じ様に決して祭壇には上らず下で見守り続けているラファル。
「ラファル、ありがとう。」
お礼を言うと同時に彼を抱きしめた。そしてゆっくりと祭壇へ向かう。1段ずつ階段を上り、やっと彼女の横に辿り着いた。
カルサの呼吸音がなぜか響く。
「ナル。」
祭壇の台座の上、かつてカルサが眠っていた場所にナルは横たわっていた。呼びかけても応えない。彼女の呼吸も、鼓動も全て止まり、深く深い眠りに落ちてしまっている。
カルサは手を伸ばし彼女の頬に触れた。冷たい身体、ナルはもう。
「死んだのか。」
カルサの声が大聖堂の中で悲しく響いた。カルサは身を屈め、ナルとの距離を縮める。
「皇子。」
後方から千羅の声がした。カルサは振り返らずに少しだけ身体を起こす。
「ナル様の部屋に皇子宛の手紙がありました。」
瑛琳の言葉にカルサは反応した。ゆっくりと振り返り、千羅と瑛琳の姿を確認する。瑛琳はすぐ傍まで来ていた。
カルサは瑛琳の差し出していた手紙を黙って受け取り、そのままナルの方に視線を送った。千羅と瑛琳は一礼をして姿を消した。
カルサはゆっくりと手紙を開き、中身を読み始めた。
魔物達による襲撃の被害は城や城周りだけではなかった。遠く離れた村や城からさほど遠くない村にも被害は少なからず出ていた。
被害状況を確認するため、もしもの場合は救助にあたる為に襲撃の後すぐに軍隊が派遣された。
しかし城で戦った兵士達ですぐに動ける者は少なく、貴未率いる十数名で遠征に出ることになった。
「貴未さん!」
数人の兵士と共に瓦礫の撤去作業をしていた貴未を呼ぶ声がした。声の主は貴未に駆け寄る。
「どうしました?」
「この村の住民を全て確認しました。怪我人の処置は終わり、後はその瓦礫の撤去位です。」
その言葉に貴未は再び視線を作業場の方に戻した。わずかな人数しか手を動かしていない、ここも後少しで終わりそうだ。
「では、これが終われば城に戻りましょう。私も皆さんも…さすがに働きすぎです。」
苦笑いをしながら貴未はもらした。あの襲撃から、彼らは休息という休息をとってはいない。疲労の色が濃く滲み出ていた。
村の責任者に挨拶をし、貴未達は何日かぶりの城への帰還を果たした。